『実録レンジャー訓練』という映画がある。
全国から強者が集まる日本軍、じゃなかった陸上自衛隊の中でももっとも過酷な訓練を行うという
「レンジャー部隊」
ここにスポットを当てたドキュメンタリー。
このレンジャー部隊は、肉体だけではなく頭脳もトップレベルの精鋭たちのみが選ばれるという超エリート集団。
3ヶ月の訓練を見事貫徹したものは、隊内でも、ものすごい尊敬を集めるというだ。
そんな彼らが、一体どんな訓練をしているのかといえば、まあなんといおうか、気ちがい沙汰であり笑って……もとい感嘆を禁じ得ない。
まず起床。
まだ陽も昇らないうちから声を出して駆け足。
映画『フルメタル・ジャケット』を彷彿させるシーンだが、私の世代だとつい「ふぁーみこんうぉーずがでーるぞ♪」と歌いたくなってしまう。
点呼、国旗掲揚ののちに服装検査であるが、これがいきなりインパクト充分。
教官たちは、準備に問題のある学生をビシバシ指導するのだが、もうつかみかからんばかりの勢いで、
「髭のそり残しィ!」
「髪が長ァァァい!」
「耳あかがたまっているぞォ!」
などなどきびしくチェック。
そのたびにレンジャー隊員たちは
「髭のそり残しィィィィィ!!!」
「髪が長ァァァァァァァい!!!」
「みーみあかァァァァァァ!!!」
『ジョジョの奇妙な冒険』並みの大声で復唱し、「レンジャー」と、そのまま罰である腕立てふせに入る。
教官のチェックはほとんど小姑の嫁いびりレベルのこまかさだが、もちろん口答えはゆるされないのが軍隊。
私だったら、この時点で泣いてます。
その後もきびしい訓練が待っている。筋トレ、マラソン、ロープ訓練、水たまりの中での匍匐前進。
隊員たちは泥水を、たらふくごちそうになりながらも必死に前に進むが、教官からはねぎらいどころか、「しっかりせや!」と声が飛ぶ。
まさにリアル・ハートマン軍曹だ。ここでは、
「詰めこみを廃してゆとりある教育」
「生徒をほめて伸ばす」
などといった、スローライフな言葉は存在しない。
失敗した学生には
「ピーポーピーポー救急車」
と、おちょくったような声を出して屈辱を味あわせる。
選ばれし精鋭のはずが子供あつかいでプライドはズタズタだが、そこからはい上がってこその、真のエリート隊員なのだ。
嗚呼、体育会の頂点がここにある。
日本最高レベルの体力を持つ隊員たちからも、脱落者が出るというというのだから、ガチもガチも大ガチな世界。
もっともトンデモないのが訓練の最終行程。
これは重さ40キロの荷物を運びながら、4泊5日で道なき山道を歩き続けるというもの。
睡眠時間は7時間ごとに約5分(!)。
しかも食料はふたりで缶詰ひとつのみ。
それも教官が「敵襲!」と叫ぶと食べられない。
「眠たい、飲みたい、休みたい」
こんなものは厳禁だ。仕方ないのでヘビやトカゲを捕まえて食べる。
ここはガダルカナルかインパールか。どこまで続くぬかるみぞ。
だが隊員たちは、まったくひるむことなく前進する。私だったら、開始5分で20回くらい死んでます。
いくら最強のレンジャー部隊といえど、この訓練はさすがにキツイ。
疲労と眠気に負けて倒れてしまう隊員が後を絶たない。そこに教官の叱咤の声が飛ぶ。
とにかく、きびしい場面の続くこの作品の中でも、一番目を引いたのがここ。
補給をもらい、疲労困憊の中、飯を炊き、肉を焼いて、いざ食べようという瞬間の「敵襲!」の声。
それまでどんな困難な訓練にもひるむことなく、命令には瞬時に反応してきた猛者たちが、このときばかりは呆然と固まっていた。
その間わずか数秒程度。
すぐさま隊員たちは対応の準備に取り掛かるのだが、あの俊敏でパワフルだった彼らが残した、どうにもやりきれない沈黙……。
まさに、どんな言葉よりもこの試練の過酷さを、あらわしているといってもよかったろう。
だがそんな感傷も、教官の「早くいかんか!」の声に「レンジャー!!」と、再開された地獄の行軍の中にかき消えていくのだ。
とここまで読んだところで、なるほど、このドキュメンタリーのすごさはわかった。
自衛隊におけるレンジャー部隊とは、それほどにすさまじい環境から生まれるのだと理解はしたが、では、さっきからちょいちょい出るその
「レンジャー!!」
というのはなんなのか、といぶかしんだ方がおられるかもしれない。
実はこの隊員たちの「レンジャー」という声。
これこそが、このドキュメンタリーでもっとも私の心を打った、ひとつのキーワードなのである。
(続く→こちら)