「藤井システム」の居玉はつらいよ 渡辺明vs谷川浩司 2004年 第17期竜王戦 決勝トーナメント

2021年05月30日 | 将棋・好手 妙手

 「《居玉は避けよ》という格言が、最近は通じなくて困るんですよ」

 というのは、将棋中継の解説でプロ棋士が、ときおり発するボヤキである。

 将棋において、一番大事な駒はもちろん玉。

 ルールをおぼえたら、まずはそれをしっかり囲うという感覚を、身につけるのが大事なのだ。

 それが平成になったころから「藤井システム」や、山崎隆之八段の魅力的な力将棋。

 また、近年どんどん将棋が激しくなっていき、相掛かりや横歩取りなどでも、居玉のまま最後まで突っ走るなんてケースも、そうめずらしいものではなくなってきた。

 ただそれは、藤井九段の研究や、山崎八段の腕力、またAIによる精密な検証があるから指しこなせるわけで、いざ実戦だとプロでも「勝ちにくい」のはたしかなのだ。

 前回は羽生善治九段が見せた、巧妙な金作りを紹介したが(→こちら)、今回は、そんな「居玉は大変」なバトルを見ていただこう。

 


 2004年、第17期竜王戦の決勝トーナメント。

 1組優勝の谷川浩司王位・棋王と、4組優勝の渡辺明五段との一戦は、ベスト4をかけて戦う大きな一番だ。

 先手の谷川が四間飛車から「藤井システム」に組むと、渡辺も得意の穴熊を目指す。

 むかえた、この局面。

 

 先手は大駒が目一杯使えて、が取れるうえに、1筋と3筋にが立つから攻めにも困らなそう。

 これで振り飛車の玉が、美濃穴熊にガッチリ囲ってあれば先手を持ちたいが、いかんせん居玉である。

 いつ流れ弾が当たるかコワイ形で、△78にいると金の威力もすさまじい。

 事実、ここから渡辺は、その弱点を巧妙につく攻撃を見せる。

 先手の次の手は簡単だが、その応手が谷川の意表をついた。

 

 

 

 

 ▲35銀を取った手に、逆モーションで△53銀と引くのが、おもしろい手。

 ▲61飛成には△62飛とぶつける。

 

 

 

 飛車交換になれば、先手陣は△69飛の一発でおしまいで、これは先手玉のうすさがモロに出てしまう。

 かといって受けるにしても、居玉なうえに、も上ずっている先手陣は飛車に弱く、とても、まとめ切れるものではないだろう。

 くやしいが▲65飛と引くしかなく、そこで△35歩と取り返して、▲13歩、△同香、▲25桂△44歩

 

 

 角道を止めて、激戦だが穴熊の深さが生きる形に。

 △62飛も残って、先手は依然、飛車を成ることができない。

 以下、十数手進んでこの局面。

 

 駒の損得こそないが、玉形の差で後手持ちのように見える。

 ただ先手も、▲78銀と、と金をはずせば玉が広くなり、もうひとねばりできそうだ。

 後手はそれを阻止しつつ、先手玉にせまりたいところだが、その通り、いい手があるのである。

 

 

 

 

 △66桂とタダで捨てるのが、さわやかな軽妙手。

 △78のと金にヒモをつけながら、▲58の金取り。

 本譜のように▲同銀なら、△78と金が取られなくなるうえに、空いたスペースに△74角と打って絶好調。

 

 

 これが飛車取りと同時に、先手陣の右辺に利かす左右挟撃の一打になっていて、これはまいっている。

 ▲87飛と逃げるしかないが△65銀とぶつけ、▲同銀、△同角、▲67銀△69銀とからんで後手勝勢

 

 

 どうしても取り切れない、△78のが強力すぎる。

 以下、後手は△86歩、▲同飛、△95銀から、強引に飛車を奪い取って、谷川玉を居玉のまま仕留めてしまった。
 
 この将棋はまさに、居玉の「勝ちにくさ」がモロに出てしまった形。

 当時、二冠を保持していた谷川でも、なかなか指しこなすのが難しいのだ。

 あこがれだった谷川浩司に勝利し、

 

 「信じられない気持ちだった」

 

 という、まだ初々しかった渡辺明。

 その後も勢いは止まらず、森内俊之竜王から初タイトルを奪い、一気にトップの座にかけあがるのだった。

 

 (鈴木大介のすごい勝負手編に続く→こちら

 (竜王になった渡辺明の、佐藤康光との激戦は→こちら

 

 

  

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