アベマの「女流ABEMAトーナメント2023」は大変おもしろかった。
ということで、先日から伊藤沙恵女流三段、中村真梨花女流三段など女流棋士の将棋を特集しているが、今回は里見香奈女流五冠。
それも、めずらしい大ポカについて見ていただきたい。
2007年、倉敷藤花戦の挑戦者決定戦。
清水市代女流王将と、里見香奈女流初段の一戦。
このときの里見はまだ10代で、前年のレディースオープン・トーナメントでは、まだ中学生ながら快進撃を見せ、決勝三番勝負に進出。
矢内理絵子女流名人相手に初戦を勝利したときには、その強さと、セーラー服で戦う初々しさ、また「史上最年少優勝」の記録がかかっていたこともあいまって、
「新スター誕生」
との空気一色だったが、残る2戦では先輩に意地を見せられて準優勝に終わった。
だが里見の強さは本物であって、翌年には女流王将戦で挑戦者決定戦に進出。
このときは清水市代女流王位に敗れてタイトル戦登場を逃すが、すぐさま倉敷藤花戦でも挑決に。
相手が、またしても清水市代女流王将とくれば、里見からすれば願ってもない舞台であり、大いに気合も入ったろうが、なんとここではそれが大空回りを演じてしまう。
戦型は里見のトレードマークともいえる中飛車に対して、清水は金をくり出して押さえこみを図る。
まだ序盤のなんてことない局面で、まあ△14歩とか△53銀とかで待って、▲25金なら△74飛で揺さぶっていけば、くらいが私レベルでも思い浮かぶところ。
いや「出雲のイナズマ」はいきなり△56歩なんて考えるのかな? 角交換すれば△39角があるから意外と……。
なんてアレコレ考えるところだが、次の手が目を疑う一着だった。
△44角が、まさかという大ポカ。
こんなん見たら、思わず「え?」と身を乗り出しますわな。
言うまでもなく、▲25金で飛車がお亡くなりになっている。
将棋の世界では相手から「ここに指せ」と命令されて指したような大悪手のことを「ココセ」というが、自ら飛車の退路を封鎖してしまい、まさにその典型ではないか。
▲25金には△同飛と切り飛ばして、▲同飛に△48金と打てば銀を取れそうだが、そこで▲45歩と突くのがピッタリの切り返し。
どこまでいっても、△44の角がヒドイ位置になっている。
△33角と逃げたところで、▲46銀とかわして、この金まで空振りさせられては大差になった。
初の檜舞台を目前にしながら、こんな内容の将棋で敗れた里見は泣いた。
『千駄ヶ谷市場』でこの将棋をレポートした先崎学九段は、
投了するや、里見は泣いた。さすがに涙がこぼれるまえに席を立ったものの、戻ってきた時の目は真っ赤だった。
と書いているが、当時の写真だと里見がタオルのようなもので顔を覆っているシーンもあり、ウィキペディアにも感想戦ができないほど泣き崩れていたとあるから、そこは先崎流の「武士の情け」なのかもしれない。
そんな里見は翌年、またも倉敷藤花戦で勝ち上がり、甲斐智美女流二段を破ってついに挑戦権を獲得。
三番勝負でも、清水市代倉敷藤花を今度こそ倒し、見事初タイトルを獲得。
輝かしい「里見時代」の第一歩を踏み出すことになるのだ。
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