アベマの「女流ABEMAトーナメント2023」は大変おもしろかった。
団体戦というのは、以前の森内俊之九段や近藤誠也七段のような大車輪の活躍を見せる人もいれば、波に乗れないまま終わってしまう人もいて、そのあたりのアヤも勝敗にからんでくる。
今大会で、なかなか爆発できなかったのが「チーム加藤」の中村真梨花女流三段。
手が震えて駒の持ち方が不器用に見えたところなどから、相当に緊張していることがうかがえた。
私としては、ここで彼女の攻めの強さを期待していたもので、その名も「マリカ攻め」
腕力ある振り飛車に定評があり、あの森内俊之九段や、郷田真隆九段からも「期待している」と言われるほどの逸材。
チャンスはありながら、タイトル獲得こそ逃しているものの、その臆することない将棋への姿勢と、研究熱心さから、もっと活躍していい棋士の一人だ。
そんな彼女が得意とする「マリカ攻め」については、実例を見ていただくのが早いだろう。
2012年の女流名人戦A級リーグ。
上田初美女王と、中村真梨花女流二段の一戦。
この期は上田も中村も星が伸びず、共に4勝で、残留が決まってないどころか、中村は負ければ、ほぼ即落ちという崖っぷち。
タイトル保持者と、これからトップをねらおうかという若手がこれとは、少々さびしいが、ここで中村はそんな雰囲気を払拭する迫力を見せる。
図は中村得意の振り飛車から、飛車交換になり、上田が自陣飛車を打って局面をおさめているところ。
後手は飛車を持っているが、先手陣に打ちこみのスキがない。
手がなさそうに見えるが、ここから中村がすごい突貫で先手陣を破壊してしまうのだ。
まず△69角と打つのが、「マリカ攻め」の序章。
これがボンヤリした手に見えて、おそろしいねらいを内包している。
なんか工夫すれば、うまく取れそうだけどなーと、とりあえず△14角成を防いで▲25歩とでもすると、すでに術中にハマっている。
『将棋世界』でこの将棋を取り上げた青野照市九段によると、すかさず△78角成と切って、▲同玉に△26歩で後手有利に。
放っておけば△27金で飛車が死ぬが、▲同飛には△35金。
▲38金と受けても、△27金とカチこんで、▲同金、△同歩成、▲同飛に△58飛の王手銀取りで突破される。
そこで上田は、飛車道を通したまま▲16歩と突く。
△14角成には▲15歩から圧迫していく意図だが、すでに臨戦態勢の中村真梨花は、そんな場所は見ていないのだった。
△95歩と、ここから手をつけるのがマリカ流。
普通はどう見ても、居飛車側から▲95歩と端攻めするのがセオリーだが、そこを掟破りの逆パンチ。
ともかくも▲同歩と取るが、すかさず△98歩とタタいて、▲同香に△78角成、▲同玉、△99金(!)。
すごいところから手を作るもので、こんな強引な突破がプロに通じるのかと言えば、これが案外とうるさいというのだから、中村の腕力はすさまじい。
平凡な▲88玉は、△98金、▲同玉、△78飛で、△96香がきびしく後手指せる。
▲97香と逃げても、△98金と引いて、次に△99飛で受けにくい。
これでペースをつかんだ中村は、最後の寄せに入る。
私ならなにも考えずに△69飛と打ち、▲78玉や▲79金に△49飛成としてしまいたくなるが、それは▲59金で様子がおかしい。
こういう、勝てそうなところで、自然な手だと案外寄らないというのはよくあることで、才能が試されるともいえるが、中村はここから、うまく仕上げてしまう。
△68飛、と打つのが決め手。
なんだか気の利かない手に見えるが、これが青野も、
「打つ場所を間違えたか、手がすべったのではないかと思ったのだが、これが妙手だった」
先手が▲78金と受ければ、そこで△69飛成とし、▲79金打と2枚の金を使わせれば、そこで悠々△49竜と取ればいい。
また、▲59金とこちらから受けるのも、△78角、▲79玉に△67角成とすれば、△62の香が働いて寄る。
そこで上田は▲79金と受けるが△98角が、すばらしい切れ味。
▲同玉は、△95香、▲89玉、△77桂不成でピッタリ詰み。
本譜の▲99玉にも、△95香で受けなし。
いかがであろうか、この「マリカ攻め」。
そりゃ、こんなすごい手をバシバシ見せられたら、そりゃ森内や郷田というトップ棋士も目を付けますわ。
こんなに強いのに、中村にまだタイトルがないというのが、不思議で仕方がない。
2012年の第34期女流王将戦では、里見香奈相手に先勝しながら、逆転されてしまったのは残念だった。
これだけの魅力的な攻めは、もっともっと語られてほしいので、ぜひとも中村女流三段には、もう一度タイトル戦の大舞台に登場してほしいものだ。
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