バルバロッサ作戦 1993年 第51期A級順位戦 「史上最年長名人」への道 その4

2023年06月09日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 前回に続いて、30年後藤井聡太七冠が目指す「最年長名人」の話。

 「米長道場」で若手棋士と研鑽に励み、自身の弱点であった序盤戦術を磨くことによって、あざやかなモデルチェンジを果たした米長邦雄九段

 その果実が実ったのが1990年王将獲得で、1986年十段(今の竜王)以来のタイトルホルダーに返り咲きを果たした。

 そしてとうとう、1993年の第51期名人戦で、悲願だった名人獲得までダッシュを見せる。

 この期の米長は七番勝負だけでなく、その挑戦権を決めるA級リーグでも抜群の強さを見せたため、ここで少し取り上げてみたい。

 まず初戦の相手は谷川浩司棋聖王将で、相矢倉からむかえたこの局面。

 

 

 

 ▲45銀の特攻が第一感だが、敵がもっとも固めていることろをガリガリやっていくのは、少々率が悪く見える。

 ここで米長は「大人やなあ」と感嘆したくなる1手を見せてくれるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ジッと▲25歩と取るのが、いかにも強い人という落ち着いた1手。

 これで次に▲24歩と突き出せば、▲41角▲28飛で玉頭をねらい撃ちして寄り形。

 かといって△23歩と受けても、▲24歩、△同歩、▲25歩、△同歩、▲24歩ツギ歩攻めで受けになってない。

 

 

 また△69銀の反撃にも▲28飛が幸便。

 

 

 ものすごく地味な手だが、「あー、強いなあ」と、ため息の出る指しまわしで、

 

 「今期の米長は行くかも」


 
 そう思わせるに十分な内容となっている。

 その予想通り、米長は難関であるA級リーグを快刀乱麻の勢いで突破していく。

 有吉道夫九段塚田泰明八段高橋道雄九段田丸昇八段田中寅彦八段といった面々をなで斬りにし、大山康晴十五世名人の死去による不戦勝もあって、7連勝と独走。

 これは全勝挑戦もあるかと注目を集めたが、勝てば早くも挑戦者決定という第8戦小林健二八段との一戦に敗れ、ちょっと雲行きが怪しくなる。

 それは最終戦で、2敗をキープし追走する南芳一九段との直接対決が待っているからで、そこを落とすと再度、南とプレーオフということになってしまう。

 その意味では痛い負けだったが、ただ米長から言わせるとこの将棋は

 


 「今期の順位戦の代表作である」


 

 それがこの図で、小林の四間飛車に米長は急戦で挑むも、ここでは先手がハッキリと苦しい。

 

 

 


 だが、ここで見せた踏ん張りが、

 


 「終生忘れられない一着であろう」


 

 と回想(米長はこういうとき大げさな言い回しをしがち)するものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 ▲99飛が「最高傑作」と本人も自賛する自陣飛車。

 これ自体は苦しい手で、またここから形勢が好転するわけでもないのだが、小林が、

 


 「頭がおかしくなりました」


 

 というような、まさに「泥沼流」のねばりであった。

 敗れはしたが、たしかに「米長邦雄健在」という意志は示せたわけで、決して流れを失うような内容ではなかったことは大きかった。

 むかえた最終戦も、米長はそのままの勢いで、どんどん指し進める。

 

 

 

 

 双方、得意の相矢倉にガッチリと組み合うが、ここで飛び出すのが控室の評判も悪く、本人も「悪手」と認める指しすぎの手。

 

 

 

 

 △45歩と突くのが、おどろきの一着。

 まだ自陣の整備も完璧ではなく、むしろこの後は先手から▲45歩と仕掛けそうなところを、掟破りの逆バンジーで飛びこんでいく。

 筋はまったく通っていないが、その「非論理性」こそがこの手の、いや米長将棋の根幹をなす魅力でもあり、本人も言うよう、まさに「会心の悪手」であった。

 この将棋は終盤もお見事だった。

 

 

 

 

 図は▲64金を取ったところ。

 すでに後手勝勢だが、先手から▲11飛成をゆるすと逆転してしまう。

 そこで、次の手が決め手となるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 △17歩が、盤上この一手ともいえるトドメの一発。

 ▲17同銀とは死んでも取れないから(でも、たぶんそれが最善手)、▲同飛だが、△69銀、▲同玉、△67金必至

 小林戦のせいで、一瞬もたついたように見えたが、終わってみれば8勝1敗のぶっちぎりで挑戦権獲得

 スコアのみならず、内容的にも洗練度と「泥沼流」がうまく融合した、勢いある将棋に仕上がっており、いよいよ「Xデー」の予感も高まるが、相手はここで5度敗れている中原誠でもある。

 そんな簡単にいくのかと、何度も期待を裏切られてきたファンは感じたかもしれないが、意外なことにこのシリーズはあっけないほど偏ったものになってしまうのだった。

 

 (続く

 

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