前回の続き。
2020年のB級2組順位戦。
他力ながら昇級に望みをつないで、最終戦で中田宏樹八段と戦うのは近藤誠也六段。
勝ったうえで、順位上位の横山泰明七段が負けてくれないと上がれない立場だが、まずはとにもかくにも自分の将棋だ。
先手の近藤誠也が相矢倉の脇システムから馬を作ると、中田宏樹はそれに圧をかけていく展開。
ただ馬を助けるような手ではつまらないと、先手は一気呵成に飛びこんでいく。
▲46銀、△52金、▲同馬、△同飛、▲35歩。
この際、馬はくれてやってしまうのが、この形のポイント。
駒損ではあるが、後手は王様の守備隊長である△32の金をはがされ、横腹がすこぶる寒いのである。
そこですかさず銀をくり出し▲35歩。
「矢倉は先に攻めた方が有利」
と言われるが、まさにその格言通りの速攻だ。
中田は△32飛とまわって3筋に勢力を足す。
そこで近藤は急がず、一回▲15歩と端を詰めて間合いを図る。
後手に有効な手がないことを見越して、マイナスになりそうな手を指させてから襲いかかろうという高等戦術。
かつては羽生善治九段が得意とした緩急のつけかただが、今ではすっかり「手筋」のひとつである。
もちろん、のちの端攻めも見越してのことで、次の手が△84銀なのだから、飛車の応援のない棒銀よりも端歩の方が価値が高いのは一目瞭然だ。
先手は▲37桂と攻め駒を足し、後手はその手を待ってから△35歩と取る。
桂頭がうすいが、かまわず▲35同銀と取って、△36歩はその瞬間に▲24歩からバリバリ攻められて持たないと見たか、中田は△59角とこちらから反撃。
これがイヤな形で、先手は桂取りを受けるのがむずかしい。
▲27飛や▲38飛は、もう1枚の角を打たれていじめられそうだし、▲38歩とはとても打つ気になれない。
▲24歩と行くのも、今度は角が守備に利いてくるため通るかどうか微妙なところ。
対処を誤ると、いっぺんに切れ筋におちいりそうなところだが、次の手が力強かった。
▲36金と打つのが意表の1手。
攻めに使いたい金を、ここで自陣に投資するのはもったいないようだが、これが手厚い対応だった。
今度は好機に▲58飛などとされると、後手の角が危ない形。
そこで△39角と先に飛車をいじめに行くが、▲29飛と引いて、最悪どちらかの角との交換が保証されたのは大きい。
△48角成に▲34歩を一発利かし、△同金に居酒屋の店員のごとく「よろこんで!」と▲59飛と取って、△同馬に▲43角。
責められそうな飛車をキレイにさばいて、その角が敵陣にクリーンヒット。
△31飛に▲14歩と突くのが、またリズムのよい攻め。
細い攻めをこうしてつないでいくのが近藤は得意で、本人も
「自分らしい一手」
と満足の展開。ここからは先手のペースだろう。
△同歩、▲同香と一歩補充して、△35金、▲同金、△14香に▲34歩が「一歩千金」の好打。
△42銀に▲52角成で
「固い、攻めてる、切れない」
「後手玉だけ終盤戦」
という、いわゆる「勝ちやすい」パターンに入った。
勝負はいよいよ最終盤。
中田も銀を使ってなんとか馬を遠ざけ、スキを見て△38飛と反撃。
次に△69馬や△37飛成が入れば後手も相当だが、次の手が教科書通りの決め手である。
▲24歩と突くのが、「筋中の筋」という形。
こういう第一感の手が通るということは、すでに寄り形ということだ。
△同歩に▲23歩とタタいて、あとはむずかしくない攻めで充分勝てる。
それにしても、あの受け一方のような金が、こうなると敵玉を押しつぶす鉄球として大活躍しているのがすばらしい。
近藤が快勝で、これでキャンセル待ちの権利を手に入れる。
その一方で自力だった横山が敗れ、近藤はデビューからたった4期でB1までかけ上がったのだった。
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