エンダーのゲーム 羽生善治vs島朗 1989年 オールスター勝ち抜き戦

2022年12月25日 | 将棋・名局

 「最後は羽生さんが勝つゲーム」

 将棋について、こんな言葉を残したのは藤井猛九段であった。

 ネット中継のどこかで聞いたような気がするので、ややうろ覚えだが、

 

 「将棋とは1対1で、盤と20枚の駒を使って戦い、最後は羽生さんが勝つゲーム」

 

 みたいな言い回しで、かつては「一歩竜王」の伝説となった竜王戦七番勝負で勝利をおさめ、羽生の「2度目七冠ロード」を阻止したこともあるという藤井猛が言うと、なにやらただの賞賛や自虐ではすまない凄味が感じられる。

 そんな羽生将棋は、少年時代からその強さが、特に終盤力が圧倒的で、どんな不利な局面におちいっても、

 

 「でも、結局は最後、羽生がなんとかするんでしょ」

 

 みたいな空気感が支配的。

 実際、羽生はその期待(諦観?)に応えて、あざやかな絶妙手を駆使し、勝利をおさめるのだ。

 そこで前回は村山聖九段との激戦を紹介したが、今回はこれもまた伝説となった研究会を主宰し、羽生に多大な影響をあたえたであろう先輩との一局を見ていただきたい。

 

 1989年オールスター勝ち抜き戦

 島朗竜王羽生善治五段との一戦。

 島と羽生と言えば、かの有名な「島研」でしのぎを削った間柄であり、のちに何度もタイトル戦で顔を合わせることにもなる。

 オーソドックスな相矢倉から、派手な駒交換になり、後手の羽生が一気に攻めこんでいく。

 島はを駆使してしのごうとするが、羽生もうまく手をつないで先手の矢倉を壊していく。

 むかえたこの局面。

 

 

 


 先手陣はうすく、が強力なようだが、それを責められると

 

 「玉飛接近すべからず」

 

 格言通り、先手先手で寄せられてしまう可能性も高い。

 とはいえ先手からも、▲41銀と掛ける形が矢倉攻略の基本のキであり、状況によっては一撃で仕留められてしまう恐れもあるところ。

 歩切れなのも痛く、後手優勢ではあるが油断できないところで、次の手をどうするか難しい局面だが、ここで羽生が鬼手を放つ。

 

 

 

 

 

 


 △86銀と打つのが、意表の一手。

 があれば△86歩だが、無い袖は振れないわけで、ならばとタダでというのがすごい発想。

 ひょえーと声が出そうだが、今ならそれこそ藤井聡太五冠が指しそうな手ではある。

 ▲同竜の一手に△85香と打って、が逃げられないから(△89竜で1手詰み)、これで決まっているようだが、島も▲77角としぶとく受ける。

 

 

 

 島といえば妙にあきらめのよいときもあり、「早投げ」のイメージも強いが、こと一旦ねばると決めたときには、このように万力でロックしたかのごとく、しがみついてくる。

 △86香には▲同角で、これが▲34桂△33玉▲32銀成△同玉▲42金のような筋で、詰まされても文句は言えないという、危険きわまりない形。

 羽生は竜を取らずに一回△42金寄と辛抱し、▲65歩の王手に△44銀

 そこで▲35桂がきびしい反撃で、△41金▲43桂成で、後手陣も相当にせまられている。

 

 

 

 

 逆転しててもおかしくない流れで、羽生は△89銀▲87玉△86香と王手でをはずして、▲同玉△82飛

 

 

 

 

 王手しながら、飛車横利きで受けにも利かした攻防手だが、ここで先手に絶対手といってもいい一手がある。

 

 

 

 

 

 ▲83歩と打つのが、是が非でも覚えておきたい手筋

 △同飛は飛車の横利きが消え、後手陣が格段に寄せやすくなる。

 この歩のような筋が、読みとか以前に本能で指せるようになると、初心者から中上級者への壁を突破できたと言っていいのではあるまいか。

 とはいえ、△83同飛と取るしかない羽生は、▲76玉△94角と必死の追撃。

 ▲66玉で手順に先手の角道を遮断し、▲44角の王手を消したものの、△69竜▲68香で、先手玉にまだ詰みはない。

 ここで弾切れになった後手は▲34桂を防いで、いったん△33歩と手を戻す。

 

 


 さあ、クライマックスはここだ。

 島の手をつくしたがんばりに、ここではすでにムードがアヤシイ。

 手番をもらった先手には大チャンスで、後手陣にいかにも寄せがありそうだが、次に指した手が痛恨だった。

 

 

 

 

 

 ▲52銀と打ったのが敗着。

 この手は次に▲32金から入って、△同金、▲同成桂、△同玉に▲43▲32▲22と、をペタペタ並べていけば詰むという一手スキ

 ▲83歩の効果で、飛車の横利きを消された後手は△52同飛のような手段も失って、一目受けがない。

 先手玉に詰みはなく、後手は持駒もないためワザもかかりそうにないようだが、ここでまさかの切り返しがあった。

 

 

 

 

 

 

 

 △64歩と突くのが、盤上この一手のあざやかなカウンターショット。

 これが、▲32金、△同金、▲同成桂、△同玉、▲43金△同飛と取れるようにしながら、△65銀と出る詰み筋を作った、きれいな「詰めろのがれの詰めろ」なのだ。

 この手があるなら、▲52銀では▲52金とするべきだった。

 

 

 

 

 これなら、△64歩としても、▲32金からバラして、飛車の利きに入らない▲42金打から、▲31銀の順番で打って行けば詰む。

 とはいうものの、こういうところはというのが

 後手陣は、金を手持ちにしておいたほうが詰みやすそうだし、▲43成桂ヒモをつけているのも、一目いい感じ。

 また、なにかで△41を取る展開になったとき、▲41金より▲41銀不成と取りたいのが人情ではないか。

 そりゃ時間がない状態で、ここのかの選択を迫られたら、とっさにを手にしてしまうよなあ。

 ▲52金と、▲43成桂の組み合わせに、どうしても違和感があるのだ。

 いやあ相当打てない、ここでは。

 AIならこれは一目であろうが、その意味では先入観にとらわれないAIと、「経験」が大きな武器であり、同時にそれが「思いこみ」を産んでしまうこともある人間の特徴を比較するのに、よい例となるかもしれない。

 つまりは、それくらい難解で、紙一重の終盤戦だったということだ。

 よく居飛車党からは

 

 「矢倉はすべての駒が働くから楽しい」

 

 という意見を聞くが、それが実感できる熱戦でした。いい将棋ッス。

 

 (羽生の大番狂わせ編に続く)

 

 ■(その他の将棋記事はこちらからどうぞ)

 


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