続いてシャーロック・ホームズの物語は変だということについて。
前回(→こちら)はホームズのデビュー作である『緋色の研究』を取り上げたが、続く長編第2作目『四人の署名』が、またミステリファンの間では語りぐさになっているインパクトを残す作品である。
それはもう、オープニングにつきるわけで、1ページ目を開くと、まずホームズがベーカー街221Bの自宅で、自分の腕に注射を打っているところからはじまるのだ。
きゅっと一本打って「は~こらええ塩梅」とウットリしているホームズは、風邪でもひいて栄養剤でも打っているのかといえばそうではなく、なんとその中身はコカインである。
コカイン。
世界一有名な名探偵が、代表的長編小説の開口一番で、ドラッグをキメキメ。
長いミステリの歴史において、いきなり主人公がラリっているなど、空前にして絶後の開幕であろう。
同居しているワトソンに、
「ホームズ、キミなにやってるねん!」
とつっこまれると、
「事件がなくて、退屈でたまらんのや」
失業してすることがなく、昼からワンカップ大関を片手に、ほろ酔い加減のオジサンのようなことをおっしゃるというか、まあ同じようなもんか。
いわば、江戸川コナン君が「テレビをみるときはへやをあかるくしてみてね」の字幕とともに現れて、いきなり覚醒剤をキメながら、
「蘭ねえちゃん、知ってる? 疲労がポンと飛ぶからヒロポンっていうんだよ」
とか目を輝かせながら、いっているようなもんであろう。
一応ここにフォローしておくと、当時の大英帝国の法律では一定量以下にうすめておけば、コカインは医薬品あつかいということだそう。
今でいえば、睡眠薬か市販の咳止めシロップでボーッとするようなもんであるが、それにしてもナイスなオープニングすぎて、何度読んでも笑ってしまう。
ホームズは、なかなかロックなやつなのだ。
コカインのみならず、ホームズといえば奇行が目立つというか、その卓越した推理能力がなければ、ただの気ちがいである。
真夜中に、突然大音量でヴァイオリンを弾きだすわ、怪しげな化学実験に夢中になり悪臭をまき散らすわ。
果てはいきなり拳銃を壁に撃ちまくって、弾痕で「V・R」(ヴィクトリア女王のイニシャル)と書くわとか、もうメチャクチャ。
最後のに関しては、ホームズの愛国的精神あらわれと解説されていることも多いが、日本でいえばアパートの壁を日本刀で斬りつけて、「佳子様萌え」とか描くようなもんであろうか。
国を愛するのはいいが、日本人としては、もう敷金の返りとかが気になって仕方がないところだ。
そこはドイル先生も、
「ホームズは金払いもよく、通常の3倍くらいの家賃をゆうに払っている」
みたいな説明はしてたけど、とりあえず私が家主なら、あんまりに住んでもらいたくないかもなあ。
というか、こんなホームズを「君とはやっとられんわ」と見捨てないワトソンとハドソン夫人は、このシリーズのかくれたMVPであることは間違いなかろう。できた人ですわ。
(続く→こちら)