行方尚史八段が王位戦の挑戦者に決まった。
彼と同じくミッシェル・ガン・エレファントのファンであるという共通項から、デビューからこのかた注目していた私としては、実にうれしいニュースである。
「なめかたひさし」と読みます。
青森出身で、音楽好きの酔いどれロッキン棋士。愛称はナメちゃん。
昨年の結婚以来、前期の順位戦では、開幕から11連勝のぶっちぎりでA級に復帰するなど絶好調。
この王位戦でも紅組リーグで宮田敦史、大石直嗣、広瀬章人、藤井猛、松尾歩といったそうそうたる面々に全勝。
挑戦者決定戦では、過去5度王位戦の舞台に立っている超強豪、佐藤康光を下してのタイトル戦初挑戦。
その実力は充分に認められながらも、なぜかタイトル戦に縁のなかったナメちゃんだったが、ようやっと大舞台に登場。
長かったが、ともかくも、勝ってくれたら待ったかいもあったというものだ。
久しぶりに、結果にドキドキした一番だった。
ナメちゃんに関しては、ちょっと前に彼について書いており(→こちらと→こちら)、順位戦昇級を受けて調子に乗った私は、
「ここはひとつ、棋王か王位でも奪ってみてはどうか」
などと書き散らかし、我がことながら「はは、ちょっと浮かれすぎかな」と頭をかいていたところだったので、この挑戦のニュースには驚かされた。
うーん、今の行方はただの勢いだけでない。
私の無責任な予言さえをも一気に実現させてしまうとは、これは本物だ。強いぞナメちゃん!
このニュースに思うことは、まず「団鬼六先生も、天国でよろこんでおられるだろうなあ」
団先生といえば、ポルノ小説の大家として有名すぎるほど有名だが、将棋ファンの間ではその筆力とともに、大の将棋気ちがいであることでも知られている。
ここであえてファンではなく「気ちがい」という言葉を使ったのは、これはもう先生がファンなどというゆるい範囲を軽く飛び越えて、ドップリと将棋と棋士たちに浸かっていたから。
作家で、小説を書くかたわら将棋エッセイを書いたり、連盟から六段の免状をもらったりする。
このあたりは、まあよくある話だが、先生の場合はそこからのハマりかたが尋常ではない。
自宅にどでかい対局部屋を作るわ、廃刊寸前の『将棋ジャーナル』という雑誌を買い取って、エロ小説や若手棋士の猥談を載せるなど好き放題して、あげくつぶして借金まみれに。
伝説の真剣師小池重明さんの晩年にも深くかかわり、またアマ強豪やプロ未満の奨励会員たちを大いにかわいがるなど、プロアマ問わず、現在の将棋界に密かなる大きな影響を与えているのだ。
そこに出てくる名前は、富岡英作、中村修、塚田泰明、先崎学、伊藤能、豊川孝弘、飯塚祐紀、深浦康市、屋敷伸之などなどなんとも多彩。
中でも、もっともかわいがられていたのが、行方尚史なのである。
その出会いは、団先生の『鬼六将棋鑑定団』(ヒドいタイトルだなあ……)という本によると、まだ行方が子供のころの青森将棋祭。
そこに招待された団先生は、弘前城の桜など観光を楽しむのだが、そこで運転とガイド役を務めてくれたのが、ナメちゃんのお父さんだった。
そこで「息子をよろしくお願いします」とあいさつされたわけだが、奇しくもその一週間後、ナメちゃんの師匠である大山康晴十五世名人の将棋会で
「腹話術の正ちゃん人形みたいな」
という行方少年がやってくる。
そこから二人の師弟(?)関係がはじまったのだ。
のちにプロとして大成したもの、プロになれなかった者と、数え切れないほどの奨励会員をかわいがってきた団先生だったが、なべても行方少年はお気に入りだったようだ。
そのことは『鑑定団』にも描かれており、もともとこの本は『将棋マガジン』という雑誌で企画された、「鬼の五番勝負」という連載をまとめたもの。
アマ強豪である団先生が若手、女流、ベテランなど多彩なプロと将棋を指し、その自戦記を書くというもので、オールドファンなら山口瞳先生の『血涙十番勝負』を思い起こさせるやもしれぬ。
その面々というが、羽生善治からはじまって、中原誠や内藤国雄、郷田真隆、森下卓といったヘビー級の猛者ばかり。
なんとも豪華な企画であるのだが、そこにポツンと登場するはずだったのが、デビューしてすぐのころの行方尚史四段だった。
(次回【→こちら】に続く)