佐々木勇気が竜王戦の挑戦者になった。
挑戦者決定戦で、広瀬章人九段を破っての檜舞台であり、初のタイトル戦登場。
女子人気の高いビジュアルにくわえ、「天然」なエピソードの数々で愛嬌も抜群。
同性にも親しみやすいという、最強の男子である。
もちろん将棋も才気あふれる魅力があって、強さとカリスマ性をそなえたスター棋士が、ついに覚醒だ。
などと、その期待から、まずはグッと持ち上げることを書いてみたが、私と同じく多くの将棋ファンが、同時にこうも思っているのではあるまいか。
「遅い! 長かった! いつまで待たせるねん、ゴドーか!」
佐々木勇気といえば、
「小学4年生で小学生名人」
「13歳で奨励会三段」
というスピード出世を考えれば、30歳ではじめて全棋士参加棋戦優勝&タイトル戦登場というのは、いかにものんびりしている。
小学生名人戦から見ている、われわれ「うるさ型」のファンからすれば、もうこの男なんてとっくにA級で三冠くらいを常時、持ってるはずだったのだ。
将棋の世界では、時の「支配者」ともいえる棋士はたいてい早熟ではある。
昭和の名棋士、中原誠十六世名人は20歳で棋聖を獲得し、23歳11か月で大山康晴十五世名人から名人を奪取。
谷川浩司十七世名人は、言うまでもなく「21歳名人」
羽生善治九段は10代のころからビッグトーナメントを総ナメし、19歳で竜王を獲得、25歳で七冠王。
他にも、佐藤康光、郷田真隆、屋敷伸之といった面々も、若くしてタイトルホルダーに(屋敷など18歳だ)。
特に「羽生善治四段」デビュー時に将棋を知った私には、この「羽生世代」や屋敷、少し上の森下卓などの爆発的な勝ちっぷりを見てきたので(マジでイナゴの大群です)、なにかこう若手棋士とは
「そういうもの」
という感覚がすりこみになっているのだ。
もちろん、その後も有望な若手棋士が多く出て、結果も出しているけど、なにかこう「物足りない」感があった。
けど、たぶんそれは「羽生世代ショック」で感覚がバグっているだけで、世の中には「遅咲き」から息長く活躍している一流棋士はいる。
たとえば森内俊之九段。
この人はデビューしていきなり全日本プロトーナメント(今の朝日杯)で谷川浩司名人を破って優勝など、一般棋戦(と順位戦)では強かったが、なぜかタイトル戦に縁がなかった。
初登場は25歳の名人戦と「羽生世代」の中では比較的遅く、獲得も31歳だった。
その後、羽生に先んじて「永世名人」を獲得するのはご存じの通り。
また昭和では加藤一二三九段が、中原誠に20連敗を喫したり。
米長邦雄永世棋聖が、やはり中原にタイトル戦で初顔合わせからシリーズ7連敗を喰らったり。
わりと結構、足腰立たなくなるくらいのヤツを喰らっているが、その後はタイトル戦など、ほぼ五分で戦い、多くの栄冠にも輝いている。
早熟と見せかけて、実は遅咲き。
もしかしたら、スピード出世に目をくらまされ、われわれは佐々木勇気の本質を見誤っていたのかもしれない。
なんにしても、お楽しみはこれからだ。
彼はといえば、藤井聡太の「30連勝を止めた男」だが、その後の対決では借りを返され続けている。
それも、順位戦、NHK杯決勝、アベマトーナメントと大きいところで負かされたことで、
「そっか、佐々木より藤井の方が強いんだ」
という空気感を完全に作られてしまった。
だが、こないだのNHK杯でついに連敗ストップ。
2年連続同カードとなったNHK杯決勝。
熱戦から最終盤で藤井がハッキリ勝ちになったが、ここで△55角成としてしまい、すかさず▲24飛が「詰めろ逃れの詰めろ」で大逆転。
ここでは△66角成とすれば勝ちだったが、▲13香成の王手ラッシュで危ないと見たのかもという解説もあり、深い読みに裏づけられた「超ハイレベルな頭脳ゆえのポカ」の可能性も。
最後は相手の一手バッタリに助けられたが、あの藤井聡太を「ミスらせた」ことがすごいともいえる。
かつての名棋士木村義雄名人に、クソねばりからトン死を喰らわせた、神田辰之助九段の名セリフの通りだ。
曰く、
「なんで勝っても、勝ちは勝ち」
またこの挑決でも、藤井猛九段も言うよう、あの鬼の終盤力の持つ広瀬章人に大悪手を指させるなど、このあたり理屈を超えた「勢い」も感じるところだ。
これを本物にするためには、この竜王戦を絶対に勝たなければならない。
次があるなんて保証は、どこにもない。生涯の大勝負だ。
となると、決勝戦など一発勝負はいいとして、こういう勝ち方では番勝負を制することはできない。
4勝するには力で「読み勝つ」ことが必要であり、そこは佐々木勇気も試されるところではある。
私は八冠王獲得までは「藤井聡太推し」だったが、達成後は完全に「呂布」「ゼットン」「ティーガーI」といったラスボスか、あるいは少年マンガかプロレス的な「ヒール」として見ている。
つまりは、「倒すべき敵」なのだ。
なかなか倒れないけどね。強くて、そこがまたいいんだナ(どっちやねん)。
八頭龍のキングヒドラを相手に、まずは伊藤匠がその剣で、首をひとつ切り落とした。
2本目を落とす役割に、佐々木勇気ほどの適任はいないと思うが、果たして七番勝負はどうなるか。