「『映画秘宝』ってどんな雑誌なのか、教えてください!」。
新年会で、すがるような口調でそうたずねてきたのは、後輩クニジマ君であった。
2017年もはじまり、気持ちも新たに今年もがんばろうという席で、唐突な質問である。
なんのこっちゃと首をひねっていると、後輩は「おめでとう」のあいさつもそこそこに、
「マジで教えてください。オレの人生がかかってるんス!」。
取り乱し、今にも泣きだしそうな顔で訊いてくる。どうやら、相当に深刻な状況であるようだ。
まあ、そこまで言われたらこっちも答えてあげなくもないけど、ではなぜにて彼が、そんなマイナーな映画雑誌のことをたずねてくるのかと問うならば、
「オレの女に、男がいるかどうかの瀬戸際なんスよ!」。
女?
はて、クニジマ君は私の友の御多分にもれず、どちらかといえば「イケてない男子」のはずだが、いつのまに彼女などできたのか。
しかも「他に男が」となると、これはおだやかではない。
なにやら、事件のにおいだ。これは新年早々ゆかい……もとい大変なことになりそうな予感がするではないか。
おいおいどないした、ここは先輩が相談に乗るから、一から話してみろとうながすと彼は、
「きたりえって、男がおったらしいんです。そいつが読んでるらしいんです。だから、どんな雑誌か知りたいんですよ。先輩、映画好きやから読んだことあるでしょ?」。
は? きたりえ? それってだれのこっちゃと再び問うならば、アイドルの北原里英さんのことなのであった。
なーんや、アイドルか。
まあ、そんなこっちゃとは思ったけど、さすがは私の後輩。
偶像つかまえて、堂々と「オレの女」といえる妄想力と根性の太さは見上げたものだ。男とはこうあるべきである。
クニジマ君の話によると、彼はこの冬、テレビの歌番組だかYouTubeだか知らないが、アイドルグループNGT48が出ているのを見て、一目ぼれしてしまったらしいのだ。
中でもエース候補である加藤美南さんと北原さんにやられたらしく、年末年始はどっぷり新潟漬けになって充実した時を過ごしたらしいのだが、ここにひとつ気になる情報が飛びこんできたのだという。
それが、「北原里英、部屋に『映画秘宝』が置いてあった」事件だ。
知らない方にここに説明すると、何年か前、あるテレビ番組で北原さんの部屋を紹介するというコーナーがあったそうな。
そこで、本棚に『映画秘宝』という雑誌が置いてあるのを、目ざとい視聴者が発見。
「きたりえは、マニアックな映画雑誌の読者だった!」
ファンが大いに盛り上がることに。
これを受けて、まさにその『映画秘宝』を創刊した、TBSラジオ「たまむすび」でもおなじみの映画評論家、町山智浩さんが、
「女の子が急にマニアックなこと言い出したら、たいてい男の影響」。
なんていう、いらんことをツイートして大炎上。アイドルファンから、
「きたりえに男なんていない!」
激おこされ、オタク&サブカル女子からは、
「え? 女がカルト映画とか見たらダメなの?」
「男に教えてもらわなければマニアックな趣味を理解できないとか、差別意識丸出し」
なんて、まさに袋叩きに。
まあ、町山さんも悪気はなかったんだろうけど、「アイドルの男関係」と「ジェンダー」というのはデリケートな問題なので、多少は気をつけるべきだったようだ。
ふだんはカッとなったり、論争を挑まれたりすると、スタン・ハンセンのBGMである『サンライズ』が脳内で流れて立ち上がるという「戦うボンクラ野郎」な町山さんも、このときはただひたすら平謝りしていて、それで爆笑したのはおぼえている。
ああ、あったねえ、そんなことも。
というのは、町山さんのファンであり、本やラジオもたいていチェックしている私からすれば、その程度の感想だ。
けどだ、それまでさほどサブカル的世界を知らず、さらにいえば北原里英さんのことも、つい数週間前までなじみのなかったクニジマ君からすると、決して過去の笑い話ではない。
まさに現役の、今ここにある衝撃なのだ。
ついこないだ好きになったばかりのアイドルが、すでに「お手つき」とは、いかなることか!
「だから先輩、教えてください。『映画秘宝』って、どんなヤツが読む雑誌なんスか? やっぱ町山とかいう人がいうように、男しか読まないんスか? だから、きたりえには男がいるってことなんスか?」。
もう、この世の終わりとでも言いたげに私にすがるのも、それなりの理由があるわけなのであり、
「知らんがな」
という、まっとうな反応は友情パワーで飲みこまなければならないのだ。
(続く→こちら)