「景色が変わる」
なんて表現が、将棋を見ているとたまに出てくる。
悪形を強いられていた駒がきれいにさばけたり、押さえこみを喰らっていた陣形がそれを見事に突破したり。
また、単純に不利だった局面が数手のやり取りの後、急に有利になったりと、そういうとき使ったりするもの。
他にも、大駒が大きく躍動したりすると、この表現が似合ったりして、今回はそういう将棋を。
1998年のB級1組順位戦。
中村修八段と、田中寅彦九段の一戦。
矢倉模様から、後手の中村が左美濃+右四間飛車の積極策で仕掛ける。
中央で競り合って、田中も後手陣の弱点である2筋を突破し、むかえたこの局面。
後手が桂得だが、歩切れでもあり、放っておくと▲25桂から駒損を回復されて困る。
後手陣のまとめ方もむずかしいが、ここから中村が意表の勝負手を発動し、周囲をおどろかせる。
△22桂と打つのが、独特が過ぎる指しまわし。
竜に当てるのはいいとして、これでなにもなければ、この桂は▲23歩で簡単に取られてしまうし、そもそも頭の丸い桂を自陣で、受けに使うという発想がない。
さすがは、
「不思議流」
「受ける青春」
とのキャッチフレーズを持つ中村修で、一筋縄ではいかない発想だ。
ただ、これで先手が悪くなるイメージもなく、田中寅彦は▲25竜と逃げ、△55桂の反撃には▲同角と喰いちぎって、△同金に▲23歩。
歩があれば△24歩という受けもあるかもしれないが、ないため、竜の利きを止められない。
放っておけば▲22歩成と取って、再度の▲23歩から▲22銀とバリバリ攻められて困る。
またも受けがむずかしそうだが、中村は次の手が桂打ちからの継続手だった。
△34銀と打つのが、驚愕の一手。
またも竜にアタックをかけた手だが、これは△22の桂が土台になっているため、▲22歩成と取られると、タダで取られてしまう。
当然、田中は桂を取るが、それこそが中村のねらいだった。
▲22歩成には、△同飛と取るのが返し技。
▲34竜と、ボロっと銀を取られるが、この2枚を犠牲にし、勇躍△29飛成と成りこんで勝負形。
△62の飛車は△65歩のような反撃に、あるいは横利きで受けに使うというのがふつうの考え方であろう。
そこを、銀桂を犠牲に大転換とは、そのスケールの大きさには、いやはや恐れ入りました。
まさに、「景色が変わる」とはこのことであろう。
将棋の方はその後も熱戦が続き、田中が制したが、この一連の手順は中村の明るい発想力をあらわしていると言えるだろう。
(飛車の大転換と言えば佐藤康光のこれ)
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