トイレにいきなり踏みこまれるとパニックである。
ましてやそれが、見も知らぬ若い女性だったらなおさら。事件の場はブリュッセルでのことであった。
ベルギーを旅行していたときのこと。トイレに行きたくなった私は駅の公衆トイレに入ったのだが、そこの鍵がこわれていた。
これは困ったが、他の個室はすべてふさがっていた上に、こちらの腹具合もかなりの緊急事態である。気を抜くと今にも「堤防決壊」ということになりかねない。
ええい、ままよ。やむを得ず、私は鍵をかけないまま腰を下ろした。
首尾良く用を足し、ズボンを上げようとしたところで、そう、お約束通りドアが勢いよく開いた。
まあ、そこまではいい、いや、よくはないが、まだ想定内だ。
予想できなかったのは、ドアを開けたのは女の子だったことである。
一瞬阿呆みたいに見つめ合った我々だが、すぐさま、
「きゃああああああああ!」
「どわあああああああ!」
それぞれに叫び声を上げた。なんで男子トイレに女の子が入ってくるんやああああああああ!
こっちは完全にパニックになっていたが、女の子の方は悲鳴こそ大きいものの、なんだか顔が笑っている。
顔を手で押さえキャアキャア言いながらも、指の隙間からちらちらとこちらを見ている。
その視線は、まだ出しっぱなしである私の股間の「ゴールデンボーイ」に向けられていた。
そうやってひとしきりキャアキャア言ってから、女の子はトイレから出た。
しかし、叫声は止むどころかかえって大きくなっている。どうやら、外に彼女の友達がいるらしい。
嫌な予感がした。そしてそれは当たった。
さっきとは別の女の子が、おそるおそるドアを開けてこちらをのぞきこんだのできたのだ。
もちろん視線の先は股間の「ゴールデンボーイ」。ついでにキャアキャア。
3人目もいて、やはりチラリと見てキャアキャア。完全に珍獣あつかいというか、もうええっちゅうねん!
ようやっとズボンをはいて外に出ると、ベルギー女子3人は楽しそうにあれこれ、うるさくさえずっていた。
時折こちらをチラチラ見ながら。おそらく私のアレを「品定め」をしているのだろう。
いや、ちょっと待ってくれ、あれは私の本当の実力ではないのだ。
そりゃ、今は油断していたからあんなもんかもしれないが、ひとたび「本気」を出せば、これがなかなかのものなのだ。
本当なんだ。ここでズボンを脱ぐからもう一回勝負させてくれ!
こちらも必死にうったえたかったが、私の持つ「ベルギー旅の指さし会話集」には、
「本当はもっとグレイトなので、もう一度私のイチモツを見てください」
といった文例は載っていないようだし、そもそも載っていたからといって、ベルギー警察において釈明に役立つとも思えない。
だが、こちらとしては納得がいかないではないか。
誤解されるのは仕方がないにしても、仮に武運つたなく敗れるにしろ、せめて全力で戦った上で散りたい。とにかく悔いの残る夏にしたくないんだ。
などと訴えかけたが、私の存在に気づいた彼女らは、また楽しそうな悲鳴をあげながら逃げていったのであった。絶対に、
「見た、見た?」
「日本人って、あんな程度なんだ」
「マジ、ヤバイ。チョー笑える」
とかいってやがるのだ。ぬがあ! 納得いかんぞ!
なんでこんなことになったのかといえば、トイレの入口にある注意書きによると、その男子トイレはなぜか午後5時以降は女子も使用可能になるというのだ。
たしかブリュッセル南駅のトイレだったはずだけど、なぜそんなシステムになっているのかはイマイチ理解不能だ。
えらい恥をかいた上に、私の実力を文字通り「過小評価」までされてしまい、まったく釈然としないのであった。