「ドラゴンスレイヤー、来たで!」
パソコンのモニターの前でガッツポーズが出たのは、叡王戦第3局を見終えた瞬間であった。
今期の叡王戦は、藤井聡太八冠と伊藤匠七段という同世代ライバル対決に加え、ついに伊藤が第2局で、宿敵相手に一番入れたことでも話題を呼んでいる。
藤井と伊藤と言えば、将棋ファンならだれでも知っている子供のころからの因縁があるが、当時は負かされて泣いた藤井が、プロ入り後は倍返しどころか「10倍」にしてお返ししていたところだ。
なんといっても、この2人はプロになって初対局から、なんと藤井が持将棋ひとつはさんで、負けなしの11連勝(!)を記録していたからだ。
と、これだけ聞くと将棋にくわしくない人は、
「やっぱり、藤井くんは強すぎるんだね。力の差が歴然」
「その伊藤って子、たいしたことないんじゃない?」
なんて思われるかもしれず、それは数字だけ見れば一理あるのだが、これがわれわれ「ガチ勢」からすれば、
「いやいやいや、それが、そんなことないんスよ、これが」
その証拠に、伊藤匠の他での勝ちっぷりはものすごく、通算勝率は7割5分で新人王戦優勝。
順位戦でもB級2組に上がっており、なによりここまで、21歳ですでにタイトル戦に3度も登場しており、それこそ少し時代がズレていたら
「伊藤三冠王、棋界を席巻」
みたいになっても、おかしくないわけなのだ。
実際、この11連敗を受けて、将棋ファンは伊藤の評価を落としていない。
むしろ、
「まあ、めぐり合わせやわな」
「こういうのは、1回勝ったらガラッと流れが変わったりするねん」
なんて、いたって呑気にかまえていたものだ。
それくらい、伊藤匠の「信用度」がバカ高ということ。
もしかしたら、将棋の中身まではなかなか伝わらない「観る将」の伊藤ファンの中には、
「たっくんは、まさか藤井くんに1回も勝てないまま終わるのでは?」
なんて本気で心配した人もいるかもしれないが、そんなこたあござんせんと、われわれは言いたかったものだ。
11連敗したということよりも、
「11連敗しても、なお棋士やファンの間で評価が下がらない」
このすさまじさを感じてほしいわけなのだ。
そうしてついに、まさに「1勝」から流れが変わったのだ。
しかも第2局も、第3局も、ともに終盤の激ムズなバトルを制してのもの。
第3局の終盤戦。藤井有利のはずが、さしたる悪手もないのに、いつのまにか伊藤優勢に。
図で△78と、▲同玉の交換を入れずに、単に△76馬と銀を補充したのが、伊藤の読みの精度の高さを示した好手。
ここで金を取ってしまうと、△76馬のときに▲67歩や▲67銀と埋められて、かなりアヤシイ。
以下、▲46馬を切り札にした、藤井の超難解な王手ラッシュにすべて「正解」で応えて後手勝ち。
伊藤匠の強さを再認識させられた一局となった。
藤井のねばりもすさまじく、勝勢から1手まちがえただけで、奈落の底にズッポンという地獄のダンジョンを、秒に追われながらノーミスで駆け抜けての2勝。
ムチャクチャに価値が高い勝利なのだ。
しかも、藤井聡太無敵の先手番をブレーク!
藤井聡太相手に、「終盤で勝ち切る」ことが、いかにむずかしいか。
それは、八冠王誕生の王座戦や、今期の名人戦でも証明されているところ。
私は八冠王誕生以来、藤井聡太を「ヒール」「ラスボス」として見ながら将棋を楽しんでいる。
今のところ、「勇者たち」はまだまだ苦しんでいるが、ついに来ました、この男が!
とうとう覚醒した伊藤匠の見事な「神殺し」なるか。エクスカリバーはあと一歩で抜けるぞ!
時代がまた動くかも。もう第4局が楽しみでなりませんわ!
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