米澤穂信・編『世界堂書店』を読む。
アニメでおなじみ『古典部』シリーズや、映画にもなった『インシテミル』の著者であり、私も大ファンであるミステリ作家の米澤穂信さんが、まとめたアンソロジー。
光源氏の晩年をフランスの作家が書いたマルグリット・ユルスナール『源氏の君の最後の恋』からはじまって、ジェラルド・カーシュ『破滅の種子』や、ヘレン・マクロイ『東洋趣味(シノワズリ)』などは、私のようなミスヲタにはおなじみの作品。
詩情あふれるジュール・シュペルヴィエル『バイオリンの声の少女』や、キャロル・エムシュウィラー『私はあなたと暮らしているけれど、あなたはそれを知らない』のような、なんとも説明しがたい不思議なものまで、バラエティーに富んだ内容に仕上がっている。
取り上げられている作品どれもいいのだが、ひとつ選べと言われればやはり、張系国『シャングリラ』であろう。
台湾のSFというのが、まず目を引くが、これが読んでみて腰が抜けた。
主人公である杭恵生が、中学時代の同級生である趙杰と食事をするところから物語は始まる。
「地球文明を銀河系にまで伝え、文化の力で宇宙を征服する」
をスローガンに旅立ち、30年にもおよぶ宇宙への冒険から帰ってきた趙杰だが、その功績はすでに忘れられつつあった。
人類の予想よりも早く科学文明が発達し、火星や木星への植民が進む時代にあり、目の前のビジネスチャンスに群がる人々にとって、そんな壮大な話はとっくにリアリティーを失っていたのだ。
時代遅れの英雄にすっかり同情する杭恵生が、なにげない世間話で、最近の使用人ロボットが仕事は半人前なのにマージャンをおぼえて、そっちではすっかり腕をあげてしまっていると言い、こうグチをこぼす。
「マージャンの害毒たるや、ひどいものだ!」
これには趙杰も「たしかに」と同意するが、その意味は杭恵生のそれとは違っていた。
そこから彼は「黒石星」にまつわる不思議な話をはじめる。
宇宙旅行の際、船のトラブルでクルーたちは、黒い石だけでできた無人の星に不時着する。
ただの不毛の地に見えたが、古生物学者のマトーナ博士が調べたところ、すごい発見があった。
その石は表は黒だが、裏側は白くて、しかも突然に寝返りを打つと、そのまま移動を始めた。
そう、この黒石はなんと生命体だったのだ。
昼間は黒い面でじっと光のエネルギーを体内に蓄え、夜になると活動する。動き出した石たちは並んで「図案」を作ると、表面にも模様のようなものが浮き出てくる。
博士によると、それは「文字」だった。
なんと石たちは、昼間はじっとしながら「詩作」をし、夜になると集まって、「文字」によってその作品を仲間と披露しあうというのだ。
この発見に歓喜したマトーナ博士は、石たちとコミュニケーションを取ろうとするが、あまりにも生態や文化が違いすぎ、その試みは失敗に終わるどころか、通じ合うヒントすら得られない。
そこで考え出されたのが「マージャン」だった。
おそらくは長旅のヒマつぶしのために持ってきたのだろうが、彼らを惹きつけるには「図案式のゲーム」がいいのではという思いつきだ。
これが見事に当たった。クルーたちで一局打ってみると、石たちが集まってきて関心を示した。
成功だ! 首尾よく出発の準備も整ったので、とりあえずの種をまいておいて、そのまま牌を置いて星から去っていく。
それから20年。帰りに「種」の収穫を確認すべく黒石星に寄ると、なんとそれが大きな成果を出していた。
石たちは「社会」を作っていたからだ。
大きな石たちは、置いてあった牌を参考に「ソーズ」「ピンズ」に形を変え、小さな石は「点棒」になるなど「分業制」が確立。
「2・5・8」が格上で、「1・9」は下位の存在。
また字牌は独自のグループを結成していて、今では「詩作」の代わりにマージャンにふけっている。
十階建てのビルの高さの巨石で行われる、超巨大マージャンを!
それがおそらく、彼らの社会の根幹になっているのだ。人間にとっての「戦争」「経済」「宗教」のような。
これにより「社会」や「歴史」を手に入れた黒石たちは、「政治」「文化」にも野心を持ち始め、ついには、
「石のあるところには黒石文化があり、黒石帝国の統治を受けるべきだ!」
彼らは、ついにその「野望」を実行に移す。全宇宙の、石があるところを「マージャンで征服」するためだ!
30年にもおよぶ長旅で、とうとう気が狂ってしまったと心配する杭恵生だが、続くオチがもう強烈。
なんといっても、夜空を見上げると、そこにある月が! そして、大地が割れ、そこから飛び出してくるのが巨大なアレ!
もうね、なんというのかメチャクチャにバカらしくて爆笑モノなんだけど、それでいて背筋も凍るほどの恐怖も味わえる。
文字通り、驚天動地のすごい終わり方。想像すると、尿もらしそうになる。
「SFとは筋の通ったバカ話である」
そう喝破したのは、SFバカ一代の山本弘先生だが、まさにその見本ような内容。
ようこんなん思いつくわ!
しかもそこには、わりとストレートな帝国主義、植民地主義的思想への風刺もあり(もちろん「大陸」さんにも言いたいことアリアリだろう)、こんなホラ話に「知性」を入れてくるとは、張系国、あんたは天才や! ビバ台湾SF!
こんなステキな短編集に、この快作を放りこんでくる米澤穂信さんもサイコーや!
もうシビれました。あー、オレこんな話、大好きだよ。
SF魂ココにあり。大傑作です。