将棋 「棋界の太陽」の大ポカ 中原誠vs谷川浩司 1990年 第48期名人戦 第2局

2022年04月09日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死

 桂馬というのは、ウッカリを呼びやすい駒かもしれない。

 将棋におけるポカといえば、詰まないはずの玉が詰んでしまう「トン死」が代表的だが、われわれのようなアマチュアレベルだと、

 「駒をタダで取られる」

 こっちのほうが、よくお目にかかるもの。

 遠くから飛車が利いてるのを見落としてしまう、というのが多いケースだと思うけど、時に桂馬がからんで「あれ?」となることもある。

 桂という駒は他とくらべてトリッキーな動きをするので、特に数枚が交錯すると錯覚を起こしやすいのだが、それが大舞台でも飛び出したことがあるのだ。

 前回は森内俊之九段の見せた、金銀6枚「鋼鉄銀冠」を紹介したが(こちら)、今回は名人戦で飛び出した、桂馬のウッカリを見ていただきたい。

 


 1990年、第48期名人戦

 谷川浩司名人王位中原誠棋聖王座との七番勝負。

 中原先勝でむかえた第2局

 先手の谷川が角換わりを選択すると、中原は棒銀で対抗。

 先手が右玉から、角を打って後手玉のコビンを攻めると、後手も金をくり出して中央から圧迫しにかかる。

 むかえたこの局面。後手が△76歩と取りこんだところ。

 

 

 

 ふつうなら、何も考えることなく▲同銀

 それで、これからの将棋に見えるが、谷川浩司の思考はその先を行くのである。

 

 

 

 

 

 

 ▲14歩と、この瞬間に仕掛けるのが谷川「前進流」の将棋。

 ▲76同銀△55歩と角筋を止められて、おもしろくないのだろう。そこで、この一瞬にパンチを放つ。

 「端玉には端歩」の手筋で、後手もさすがに△同歩と取るしかないが、▲13歩△同桂▲14香△25銀▲同歩△55歩に、そこで▲76銀と手を戻す。

 

 

 

 

 銀桂交換の駒得で敵陣を乱し、先手満足に見えるが、後手も△26角と王手して▲37銀△17角成

 

 

 

 こう、じっくりともたれておいて、形勢は意外と難しいというのだから、さすがトッププロ同士の対局である。

 そこから、中盤戦の攻防を経て、この場面。

 

 

 ▲24歩と突いたのが好手で、先手の評判が良い。

 ここでは▲16飛と寄る手が目につくが、△27馬、▲13香成、△21玉で二の矢がない。

 ところが、▲24歩△同歩が入っていると、そこで▲23歩とたらす手が詰めろで入るため、攻めが続くのだ。

 

 

 控室の検討では、中原はこの手を軽視していたのではと言っていたそうだが、まだ決まってはいなかった。

 ▲24歩には△同歩と取って、▲16飛△23玉とがんばる手があるのだ。

 

 

 ▲13香成△同香で受かる。

 ▲18飛をタダで取られてダメのようだが、そこで△17歩のたたきや、△25桂と跳ねて飛車をいじめる筋があって、けっこう大変なのだという。

 大事な馬をボロっと取られて、それで指せるというのだから、将棋というのは奥が深いと感心することしきりだが、中原はこの手を選ばなかった。

 そして、その代わりに指したのが、とんでもない一着だったのだ。

 

 

 

 △25桂打が、ありえない大ポカ

 ▲13香成、△同玉、▲25飛△24歩として、桂馬を犠牲に先手を取ってしのごうとしたのだが、これがとんでもない尻抜け。

 みなさんなら、どう指しますか?

 

 

 

 堂々、▲25同飛と取る手があるではないか。

 ▲14がいるから、△同桂と取り返すことができない(玉を取られる)。

 ただ、桂を一枚プレゼントしただけの利敵行為。

 終盤の競り合いで、こんなことになっては勝てるはずもなく、以下、谷川が圧倒してスコアをタイに戻した。

 それにしてもすごいウッカリだが、さらにおどろくのは、中原はこの手に25分を費やしていること。

 つまりはに追われてのポカとかではなく、まさに腰を落として、じっくりと読みに読んで、このボーンヘッドなのだから信じられない(棋譜はこちら)。

 まさに死角に入ったとしかいいようのない手だが、ついでにもうひとつビックリなのが、このシリーズは4勝2敗で、中原が名人を奪取していること。

 こんな負け方をしても、そこから立て直せる中原のずぶとさもすごい。

 それとも、こんな笑うしかないようなミスだと、案外と尾を引かないものなのだろうか。

 なんにしても、強い人の精神構造というのは、すごいものであるなあ。

 

 (羽生善治の「遠見の角」編に続く→こちら

 

 

 


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