「熱い映画が見たいッスよ!」
夏のド真ん中に、そう吠えたのは後輩オオヒガシ君であった。
ただでさえ猛暑でへばっているところに、突然そんな暑苦しいことを言いだしたのはなんなのかと問うならば、それは彼のガールフレンドとのことである。
当時、オオヒガシ君は彼女ができたばかりだったのだが、その彼女というのが映画が好きであるという。
となると当然デートは映画館や、家でDVD鑑賞などが多くなるわけだが、オオヒガシ君によると、どうもそれがつまらない。
愛する彼女が好む映画というのは、まあこういってはなんだがぬるいというか、美男美女のスターが出てくるロマンスが主。
あとは、「全米大ヒット」系の大味なハリウッド大作、はたまた『そのときは彼によろしく』みたいな、「泣ける」邦画といったところ。
まあ、男女間の映画の好みの差というのは、ときに埋められない断絶を産みがちで、私もかつては
「おもしろい映画教えてよ」
という女の子にエド・ウッドの『グレンとグレンダ』や『プラン9・フロム・アウタースペース』を見せて、次の日からまったく口をきいてもらえなくなったり。
飲み屋で『タイタニック』が、特撮の素晴らしさ以外は、いかにダメな映画であるかを図解入りで丁寧に説明していったら、やはり次の日から女子から総スカンを食らったり。
「『シザー・ハンズ』で感動する女って、ハッキリ言って偽善的なヤな女やな。自分らこそ、ジョニーをイジめてた立場のくせにな。 監督のティム自身が、「嘘つけ、このクソ女が!」って、でかいハサミ持って追いかけてきよるで、ダッハッハ!」
などと笑っていたら、ボソッと
「あたし、あの映画のラストで泣いた……」
なんてつぶやかれて、その場で1万回土下座させられたりとか、そういった味のある思い出は枚挙にいとまがない。
そんなポンコツにむかって、
「先輩は、映画とかよう観てはるでしょ。だから、ボクと彼女のどっちもがおもしろいと思えるような作品あったら、教えてほしいんです」
いやだから、そのチョイス間違ってるから……と言いたいところではあるが、かわいい後輩に頼られてはこちらも無下にはできない。
しょうがないかとフンドシを引き締めて、さてこういうとき、単純におもしろいからといって、好みを偏らせてはいけないのが基本である。
名画といわれる作品でも『タクシードライバー』『戦争のはらわた』などは、一部ボンクラ男子からはバイブルのようにあつかわれている名作だが、女子受けはおそらくゼロである。
『ゴッドファーザー』『時計じかけのオレンジ』あたりも、男相手なら鉄板だが、女子には存外そうでもない。
そういったことを鑑みながら、王道の名画がいいであろうということで、『アマデウス』とか、そういった問答無用でおもしろい作品をあれこれとすすめてみた。
そこで出たのが、冒頭のセリフである。
どうも私が見せた作品というのは、おもしろいことはおもしろいけど、やはりどこかもの足りない。
オオヒガシ君から言わせると、
「どれもいいッスよ。おもしろいッス。感動するッス。でも、なんかちがうんッスよね」
彼はそのときいた居酒屋のテーブルをドンとたたくと、
「オレは、もっと魂がヒリヒリするような映画が見てみたいんスッよ! 席を立ったあと、なにかが変わっているような、もういても立ってもいられなくて、ウォー! ってさけびながら海に向かって走り出したくなるような、そんな熱い映画を観てみたい! そんな想いを、愛する彼女と共有したいんッスよ!」
熱いというか、暑苦しい男である。科学的なことはよくわからないが、こういう男がいるから地球温暖化に拍車がかかっているのではないか。
なるほど、彼は単に彼女と楽しく映画を観るだけでは足りなくて、もっと気持ちを深めあえるというか、魂が震えるような唯一無二の体験を共有したいわけだ。
熱いというか、彼の愛の深さには感動した。そこまでいわれれば、私も本気を出さなければなるまい。
まかせておきなさい、それにはうってつけの一本を先輩は持っているのだよ。
次回(→こちら)に続きます。