前回(→こちら)の続き。
「熱い映画を彼女と観たい」
との想いに応えるべく、ディープでホットな作品を後輩オオヒガシ君に紹介することとなった私。
そこで取り出したる一本というのがこれ。『ゆきゆきて、神軍』。
原一男監督が撮ったこの作品は、「天皇パチンコ事件」などで有名な奥崎謙三を追ったドキュメンタリー。
奥崎謙三といえば、参議院選挙に立候補したとき、ノーカットなのをいいことに「気ちがい」などの放送禁止用語を連発したり、「天皇ポルノビラ」を撒いた話をしたりといった、泡沫候補の「おもしろ政見放送」で一部に知られた人。
映画マニアの間では知る人ぞ知るというか、カルトど真ん中というか、とにかく観たものの心身を震えさせずにはおらない、熱い、アツい映画なのである。
映画は冒頭から、飛ばしている。
兵庫県で奥崎さんが営むバッテリー屋から物語ははじまるのだが、そのシャッターにはいきなり、どーんとでっかくこう書いてある
「田中角栄を殺す!」
どんなオープニングや!
いきなりツッコミを入れるところであるが、シーンは静かに移り、次は結婚式に。
そこで奥崎さんは媒酌人をつとめるのだが、そのスピーチというのが、
「新郎は反体制運動で前科一犯。媒酌人である私は不動産業者を殺し、天皇にパチンコを発射し、ビルの屋上から天皇ポルノビラをまいたことにより13年9か月獄中にいました。つまり、この度の結婚式は前科者同士による縁があり……」
さすがは希代の奇人奥崎謙三。イカしすぎている、その内容。
ここでもう、観ているこちらは心がわしづかみというか、腹をかかえて爆笑なのであるが、この爆笑は映画が進むうちに、やがて凍りついていくこととなるのである。
次のシーン、奥崎さんはどこかに出かけることとなる。
その際、運転する車も車体にでかでかと
「田中角栄を殺す!」
大書してあり、昨今流行の痛車もまっ青な攻めっぷり。
遠藤誠弁護士(帝銀事件の弁護団長)のパーティーに出席し、またもや「不動産業者を殺し……」の、「獄中13年9ヶ月」演説を披露(この演説はこの後何度もくり返し聞かされることとなる)。
さらには
「検事や弁護士に小便とツバをかけてやりました」
武勇伝を締めくくる。まったく、なんの自慢なのか。
つかみからしてパンチ力充分だが、映画の本筋はここからである。
奥崎さんは自らの痛車に乗って、日本中の色々な家を訪問する。
その多くは戦争時代の軍の関係者。
奥崎さんは戦時中、独立工兵第36連隊に配属され、ニューギニアへと派遣された経験を持っていた。
「地獄のニューギニア」と呼ばれたそこで、部隊は敵軍に包囲され、すさまじい飢えと乾きの中、ほぼ全滅の憂き目にあう。
奥崎さんは、上官をぶん殴ったり、上官をぶん殴ったり、あと他にも上官をぶん殴ったりしながら、なんとかこの地獄から生還。
だが、このニューギニア体験は奥崎さんに、ぬぐいされない暗い怨念を植えつけることとなるのだ。
このあたりから、訪問の目的が徐々に明かされていく。
奥崎さんが追うのは、第36連隊で行われたという部下の処刑について。
ニューギニアで2人の兵隊が、終戦後23日も経ったにもかかわらず、軍紀違反により処刑されるという事件があったのだ。
その真相をたしかめるべく、残留隊隊長をはじめ、それにかかわった当時の下士官たちを追求していくわけだが、ここからはスクリーンから目がはなせなくなる。
奥崎さんがここで使う手は、執拗な説得、それとズバリ暴力である。
なぜ2人は、処刑されなければならなかったのか。
その謎に奥崎さんは最初は丁寧に、しかし話が行き詰まったり、相手が激高したりすると容赦なくバイオレンスで挑む。
ことはそう簡単ではない。
そこにはなにか、よほどの闇があるのであろう、かたくなに口をつぐむ当時の上官たち。
中には怒鳴りつけたりする者もいるが、そのときはすぐさま、つかみかかってパンチ!
さらにはマウントを取って、なぐる、なぐる、顔面をなぐりまくる。
それを、じっと冷静に撮るカメラ。おいおい、止めんかい!
いきなりのグーパンチに、観ているこっちもビビりまくりだが、相対した人たちはもっとであろう。
実際、このド迫力で奥崎さんは、次々と貴重な証言を拾っていく。
その想いが大マジなのが伝わるのが、ある元兵士との対話。
そこでは、奥崎さんのみならず、処刑された2人の家族も同行しての直談判。
これだけでも相当のプレッシャーだが、奥崎さんは
「わたしはね、いざとなれば暴力も辞さないんですよ。ここに来る前もね、おかしなこというので一人殴ってきたんです。今日も、ここに来る前に、もしかしたら殴るかもしれないと、事前に言ってきたんです」
そう脅しをかける。
私のような平和主義者はここで、
「でもね、わたしは本当はそんなことはしたくない、だから本当のことを話してください」
とでも、からめ手で攻めるのかなと思いきや、
「殴るかもしれないと言ってきたんです」
「そうですか……」
「……」。
そこで無言。
つまりは、もう今すぐにでも、殴る気満々であるということである。
ハッタリでもなんでもない。どう見ても、ストレートな脅迫です。ありがとうございました。
あまつさえ、「わたしはかつて人を殺して」という例の演説をぶちかまし、
「だから警察なんて怖くないんです」
なんと尋問の立会人に警察官を呼んでくる。
呼ばれた警官も、「あ、どうも」と、わけのわからないまま、ごく普通に訪問しているのだが、なんともおかしなというか、マヌケな光景というか……。
そんな奥崎さんの尋問行脚の末、この処刑事件は、さらなる闇へと突き進んでいくことになるのだ。
(さらに続きます→こちら)