王座戦第3局は衝撃の結末だった。
永瀬拓矢王座が「名誉王座」を、藤井聡太七冠が「八冠王」をかけて戦う今期王座戦五番勝負は2勝1敗と藤井が大記録に王手をかけた。
その第3局が永瀬勝勢から、まさかの後に、さらにまさかがズラリと並ぶような大逆転劇で藤井が勝利。
よくスポーツなどで優勝したり、なにか記録を達成するには、何回か
「もうダメだ」
「終わった」
という危機をくぐり抜けないといけないと言われるが、それがよくわかるドラマ。
かつて、羽生善治九段が「七冠王」を達成したときも、そのときは「順当」に見えたものも、あらためて精査してみると、
「あれ? この記録、もしかしたらここで終わってた可能性もあった?」
なんてドキッとする大逆転が絡んでいたりする。
1995年の王将リーグは、羽生善治六冠が「七冠王」にむけて挑戦者になれるかが注目だった。
日本列島をゆるがす「フィーバー」のさなか、まず初戦の村山聖八段には勝利するものの、続く森内俊之八段には投了寸前まで追いつめられる大苦戦。
そこは森内のありえない大ポカに助けられ、かろうじて全勝をキープしたが、試練はまだまだ続く。
3回戦の丸山忠久六段戦はものにするも、続く郷田真隆六段戦でも苦しい将棋を余儀なくされるのだ。
図は相矢倉から、先手の羽生が▲16桂と設置したところ。
次に▲24歩と突けば、飛角桂香が1筋と2筋に次々と突き刺さり後手陣は崩壊。
ピンチのようだが、ここで郷田は力強い手で羽生の構想を破綻に導くのだ。
△14歩と突くのが、「オラ、来いや!」という強気な手。
え? こんなん▲24歩と突かれたら、どうやって受けますのんと慌ててしまうが、郷田は平然とその次の手を指した。
▲24歩には△15歩と、さらに突いて行くのが、またスゴイ手。
玉頭に火がついているのに、それをかまわずに、もう一回「やってこい」。
どんだけケンカ腰やねんと、あきれそうになるが、これが郷田流の剛直な受けで、▲23歩成、△同金、▲24歩としても、△13金とかわしてダメージはあたえられない。
さすがの羽生も、これには腰を抜かしたろうが、ここに来てはすでに郷田の手の平の上。
歩があれば、▲14歩、△12金、▲23歩成、△同金、▲24歩の「ダンスの歩」で崩壊だが、無い袖は振りようがない。
次の手が▲46歩とゆるむのだから、ここは明らかに郷田が読み勝っていた。
てか、この端歩2手。メチャクチャにカッコええな!
そら金井恒太六段をはじめ、多くの棋士があこがれるわけである。
先手は必死に攻めを継続するが、パンチはことごとく急所を外しており、一方の後手は涼しげな顔で受けていれば自然に優位に立てる。
△32桂と打ってから、△24金と先手の頼みの綱である玉頭の拠点を外して完封ペース。
いやそれどころか、ノーヒットノーラン級の押さえこみの完了だ。
2回戦の森内戦に続いて、またも必敗になった羽生だが「七冠王」を目前にして、ここで負けるわけにはいかない。
なんとか突破口を開こうと、端から手をつけていくが、ここで郷田が誤った。
▲16香に△15歩と打ったのが疑問で、ここは屈服するようでも△12歩と下から打てば先手は困っていた。
ここまで、守備のラインを上げながら優位を築いてきただけに、ここでも押し出すような手を選んだのは流れだろうが、これがわずかながらのスキだった。
すかさず▲24角と切り飛ばして、△同桂、▲15香、△12歩に▲26歩と打つのが功着想。
△同歩なら、▲25歩、△同桂に▲26飛とさばいて、先手の駒が相当に軽い感じ。
こうなると、押さえこみの土台になっていた桂2枚が上ずらされて、ヒドイ形だ。
郷田の見せた、わずかなほころびをついて、羽生は一気に勝負形に持ちこむことに成功。
手も足も出なかったはずの局面から、ミリ単位のスキをついて駆け抜けたところは、羽生の強さもさることながら「勢い」というものの恐ろしさも感じさせる。
そこからも「喰いつくぞ!」「させるか!」という力くらべのような戦いが続いたが、最後に抜け出したのは羽生だった。
先手の攻め駒が少ない中、▲39香と打ってとうとう逆転。
△27角成にはよろこんで▲同飛と取って、ついに押さえこまれていた飛車がさばけた。
△同成桂に▲71角と打って、もう先手の攻めは切れない。
以下、羽生が好打を連発して勝利をおさめた。
とまあ、前回に続いて今回も王将リーグ戦を見ていただいたが、いかに羽生が危ない将棋を戦っていたか、おわかりであろうか。
もしこの2つをそのまま負けていたら、羽生は挑戦者になれず「七冠王」はなかった。
仮に1勝1敗だったとしても、5勝2敗で中原誠永世十段とのプレーオフに持ちこまれていたはずだったのだ。
このときの羽生なら、無冠の中原相手には勝てそうかと思いきや、このリーグで羽生は中原の空中戦に完敗を喫しており、そんな単純な話ではない。
こうして見ると、リアルタイムで見ていたときはその勢いとスピード感で、
「羽生七冠は必然」
のように感じられたが、それはどこまでも、あとから数えての「結果論」でしかないのだ。
そしてそれは、「藤井八冠王」もまた。
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