「俺たちを【バーラト】と呼べ!」
先日、突然にそんな声明を出したのは、インドのモディ首相であった。
世に「オレはこれからこう名乗る」という宣言をする人というのはいるもので、たとえば、作家の中島らもさんは周囲の女性スタッフから「おっちゃん」と呼ばれるのを不本意に感じ、
「これからはジョニーと呼んでくれ」
自己申告をし「なに言うてんねん、おっちゃん」と即座に却下。
私の周囲でも、高校時代の友人ヤマダ君が夏休み明けに、
「オレはこの夏に生まれ変わった。これからは【ヤマダ2】と呼んでくれ」
そう通告するも、われわれは変わらずいつものあだ名である「カレーパン」(カレーパンが好きだったから)で呼ぶのであった。
かくのごとく、唐突な「キャラ変」はなかなか受け入れられないものだが、このモディ首相の場合はちと違い、言ってることは妥当なのが、おもしろい。
なにを隠そう、インドのヒンディー語による正式名称こそが「バーラト」だからであり、われわれになじみな「インド」は日本語で、「インディア」は英語の名前。
要は「ジャパン」でなく「にっぽん」「にほん」と読んでチョというのと同じで、わりと筋の通った発想なわけなのだ。
といわれても、日本人には(たぶん世界の人も)やはりピンとこないが、こういう
「なじんだ国名や都市名と、現地の発音とかがまったく違う」
というのはよくある話で、私は世界史の本をよく読むし、海外旅行も好きなので、「バーラト」をはじめ結構そういう差異に、なじみがあったりするのだ。
学生時代ドイツ文学を勉強していたので、ドイツが「Deutchland」(ドイチュラント)で、オーストリアが「Österreich」(エスタライヒ)なのは知ってるとか。
稲垣美晴さんの大名著『フィンランド語は猫の言葉』をボロボロになるまで読み返したおかげで、かの国が「スオミ」であることに違和感もない。
他にも、ギリシャが「エラダ」とか、ノルウェーが「ノルゲ」に、スウェーデンが「スヴェリエ」に、トルコは「トゥルキエ」で、エジプトは「ミスル」。
現在でも、ニュースなどで前置きもなく「キーウ」なんて言われて困惑したけど、この種のことは色んなところであるわけで、なんとも興味深い。
そういうことを知ってから、わりとその辺に敏感になり、たとえば外国人旅行者を見ると、ついその人のパスポートを見てしまうクセがついた。
そこには、その人の国の「正式名称」が表記してあるので、その元ネタを推理するのが楽しいのだ。
特にパスポートコントロールで並んでいるときは、ヒマだし、みんなパスポートを出しているから、問題(?)に事欠かない。
カンボジア(カンプチア)の入国審査では「Česká」と書かれたパスポートを持った白人女性がいた。
「チェスカ」? 頭に発音記号みたいなの付いてるし、フランス語っぽく「シェスカ」かな?
雰囲気的には「チェコ」っぽいけど、どうなんだろ? でも西ヨーロッパではないよな。東かな。ユーゴのどっかとか。
なんて灰色の脳細胞を駆使しながら、あとで調べてみると「チェコ」で合っていた。
別のところではお隣で元「夫婦」のスロバキアも見たことがあって、こちらは「Slovenska」(スロヴェンスカ)。
おお、なんかいかにもスラブっぽい響き。
てことは、チェコスロバキアという「発音して気持ちいい国トップ5」に入る実力者(?)の正式名称は
「チェスカスロヴェンスカ」
だったのか。こっちも悪くないな。
その流れで東欧をもっと見ると、「ポーランド」は「ポルスカ」。
「ハンガリー」は「マジャールオルサーグ」
「ルーマニア」は「ローマニア」(ローマ人の国)
なんかこう言うのを見ていると、英語表記の国名とかって、なんか味気ない気もする。
いや、別に英語がどうというわけではないけど、世界には色んな言語があって、それぞれの特徴的な発音や名前もあって、それがおもしろいのに。
「文化」って、そういうもんやん、とか考えてしまうわけなのだ。
かといって「キーウ」みたいに、
「ロッシャとウクライナの戦争に遺憾の意を示したEU諸国、エスティ・ケールト、リエトヴォース、ラットヴィーエスの3国に、グレートブリテンおよび北アイルランド連合などは支援を約束し……」
とか言われても「え? なになに?」って足がもつれそうだし、急にはムリがあるのだろうなあ。