「七冠王ロード」のボトルネック 羽生善治vs森内俊之 1995年 王将リーグ

2023年10月04日 | 将棋・ポカ ウッカリ トン死

 王座戦第3局衝撃の結末だった。

 永瀬拓矢王座が「名誉王座」を、藤井聡太七冠が「八冠王」をかけて戦う今期王座戦五番勝負は2勝1敗と藤井が大記録に王手をかけた。

 その第3局が永瀬勝勢から、まさかの後に、さらにまさかがズラリと並ぶような大逆転劇で藤井が勝利

 まだ結果が出たわけではないが、もしこれで「八冠王」が決まるなら、予選の村田顕弘六段挑戦者決定戦豊島将之九段戦に続く綱渡りであり、実力は当然として、藤井のおそるべき強運にも戦慄せざるを得ない。

 こういうのは資料などで

 「藤井〇-永瀬●」

 みたいな記録だけあとで見ると、必然に見えるというか、

 

 「藤井が順当に勝利」

 「すべてが勝つ運命にあったのだ」

 

 とか、したり顔で語ってしまいそうになるけど、そういうことではないのだ。

 よくスポーツなどでも大きな大会で優勝したり、記録を達成するには、何回か

 

 「もうダメだ」

 「終わった」

 

 という危機をくぐり抜けないといけないと言われるが、それがよくわかるドラマであるということで、今回はそういう将棋を。

 


 

 1995年の将棋界は、かつてない「フィーバー」で持ちきりだった。

 前年度、羽生善治六冠王が「七冠王」ねらって、最後のひとつとして挑戦した第44期王将戦は、フルセットの末に谷川浩司王将防衛し、意地を見せた。

 前人未到の大記録に「あとひとつ」までせまって、おあずけを喰らったのには大きな脱力感があったが、同時に「そら、そうやわな」という妙な納得感も感じられたものだった。

 ところがどっこい、終わったと思ったところからの羽生のリカバリーがすさまじく、まずは棋王戦3勝1敗名人戦4勝1敗と、どちらも森下卓八段を相手に防衛

 棋聖戦では三浦弘行四段3連勝のストレートで、王位戦では郷田真隆五段4勝2敗王座戦では森雞二九段に苦戦しながらも3連勝で次々に防衛

 あと残る竜王戦佐藤康光七段を破り、王将リーグも突破して挑戦者になれば「七冠ロードふたたび」になるという、とんでもないことになったのだった。

 だがこの、最後の難関とも言える王将リーグは、なかなか羽生も楽には勝たしてくれなかった。

 1回戦で村山聖八段を倒したものの、続く2回戦では森内俊之八段相手に大苦戦を強いられる。


 
 
 
 

 図は森内が▲59香と田楽刺しを決め、羽生が△57歩とつないだところ。
 
 が逃げると▲53香成でオシマイなので、やむを得ない歩打ちだが、馬が好機にボロっと取られることが確定しては、泣きたくなるようなところ。
 
 その通り、ここで▲56香と打つのが意地悪な攻め。
 
 △55歩と止めたいが、歩はすでに△57に打ってしまっており、二歩で不許可。
 
 泣きの涙で△43金引と辛抱するが、これでは先手勝勢である。
 
 ……はずだったが、ここで森内が信じられないポカをやらかしてしまう。

 

 

 
 
 
 
 
 ▲92竜と入るのが、ありえない1手。
 
 遊んでいる竜を活用して自然なようだが、これが大悪手になっているのだから、将棋はオソロシイ。

 その瞬間にヒョイと△47馬とかわされると、ヒドイ形になっているのが分かる。



 
 
 
 

 そう、ここでねらいの▲53香成を炸裂させると、△同金寄▲同馬
 
 そこで△同金なら▲32金で詰みだが、馬を取らず△92馬と、飛車の方を取られてしまうのだ!

 

 

 


  
 こんなことなら、先に▲58香と取って、△同歩成▲92竜としておけばよく、それで先手は負けようがなかった。

 

 


 
 森内からすれば、△58いつでも取れるもの。
 
 そういう駒を一番いい時期に取りたいと保留するのは、強い人に共通の感覚であり「味を残す」なんて言い方をする。
 
 ただ、それが裏目に出ることも、ままあるもので、それがまさにここ
 
 羽生からすれば、▲56▲92の位置関係が、の利き筋に入って絶好で、目を疑ったのではあるまいか。

 △47馬以下、▲69金△56馬▲81竜△25銀、▲同歩、△96桂で、投了寸前からこうなるのは夢のような展開。


 
 
 
 
 
 
 
 ただ、こんなウッカリがあっても、まだ形勢は先手に分があった。

 先手陣は上部が抜けており、今度は入玉のおそれが出てきたからだ。

 ▲97玉△89馬▲96玉に羽生は△71桂と、懸命にしがみつく。

 

 

 

 

 犠打一発で、▲同竜△84金としばるが、▲85馬と大駒を犠牲にムリヤリ上部を開拓して、やはり先手玉に寄りはない。

 後手が入玉するのは絶望的だから、ここで点数を失ってもパワープレイで入ってしまえばよい。

 △同金▲同玉に一回△56歩と受けないといけないのでは、さすがに後手の猛追もここまでだ。

 

 

 

 ここでは▲94玉とすれば入玉確定で、こうやって負けのない形にしてから後手玉にせまっていけば、やはり先手が楽勝だった。

 ところが森内は、なにをあせったのか、ここで単に▲55桂としてしまう。

 これにはすかさず△57歩成と取り、▲43桂不成(ここも成るのが正解)、△32玉▲25歩△56馬▲57銀△83香と上部を押さえられては先手が勝てない。

 

 

 

 森内になにが起こったのかはわからないが、おそろしいほどの乱れで、まさかというウルトラ大逆転
 
 堅実派で取りこぼしの少ないこの男が、こんなことをやらかしてしまうのだから、将棋とはおそろしく、羽生も「持っている」としか言いようがない。

 これで羽生は2連勝といいスタートを切ったが、まだまだこのリーグはすんなりとは終わらないのである。

 

 (続く

 

  


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