「新手」が登場したときは、見ていて興奮するものである。
将棋のおもしろさには、中盤の押し引きや終盤の競り合いもあるが、序中盤で見せる新手や新戦法もはずせない。
特に昨今はAIの発展によって、人なら盲点になるような筋から新しい展開が発見されたりと、より可能性が広がった印象。
ということで、今回はちょっといわくつきな、おどろいた将棋を。
2015年の第64期王将戦七番勝負。
渡辺明王将・棋王と郷田真隆九段のシリーズは、第1局から注目を集めることとなった。
話題になったのが、この局面。
角換わり腰掛け銀の中盤戦だが、なにやらすでに、先手が苦しげである。△65歩と打たれて、銀の処置がむずかしい。
この局面自体は前例があって、▲65同銀直と取るのだが、△同銀、▲同銀、△55角。
これで不利というわけでもないが、先手番なのに受け一方になり、つまらない展開ではある。
となると不思議なのが、先手の渡辺明が自分からこの局面に誘導したこと。
他にも分岐点はあったのに、あえてここにしか到達しない手を選んで進めていたのだ。
観戦者たちは、かたずを飲んで見守っていた。西尾明六段によると、これと同じ局面を指し、
「先手を持って自信がなかった」
と感じたそうだが、なんとここで逆に、先手が優勢になる順が研究会で発見されたというのだ。
果たして、渡辺明はその手を指した。
中座真七段や高野秀行六段をはじめ、並みいるプロが「驚きの声を上げた」という一着は……。
▲55銀左と出るのが、意表の強手。
△同銀で、一見タダのようだが、▲47銀で角を殺して先手優勢。
当たりになっている銀を捨て、逆モーションでもう1枚の銀を引く。
この組み合わせで、見事に難局をクリアしている。
このまま▲46銀と角を取られてはいけないが、逃げる場所も少なく、△13角には▲15歩で攻めが続く。
郷田はこれを見て2時間25分の大長考に沈み、そのまま封じ手に突入するが、結局打開策は発見できず。
△37角成から特攻するも、冷静に受け切られてしまった。
見事な切り返しだったが、となると気になるのは、渡辺がどこで新手の存在を知ったか。
大川慎太郎さんの取材によると、渡辺は仲のいい村山慈明七段から聞き、村山は森下卓九段から教えてもらったという。
そして森下によれば、
「実はソフトに指されたんですよ」
人間の検討では「先手苦しい」で一致していたところ、ソフトの新手により新しい可能性が開ける。
今ならよくあるだろうか、当時はまだ新鮮だった。
ちなみに渡辺は
「ソフト発の新手なのに升田幸三賞にノミネート(自分が)されると困る」
と思ったから、素直に研究内容を話したそう。
たしかに、そういう誤解は問題だが、新手というのはいつも、出どころがハッキリするとは限らないのが悩みどころでもある。
よくあるのは、新手の出どころは奨励会だけど発案者はまだ無名なうえに、研究が転がっているうちにだれが創始者かわからなくなる。
そのうち、それを公式戦で採用したプロの名前で、その戦法がクローズアップされたりして、
なんか変な感じになったりとか。
またおもしろいのは、なんと対戦相手の郷田はこの手を「潜在的に考えていた」ことがあったとコメントしている。
対局中はそのことを忘れてしまっており、対策には生かせなかったが、こういう相乗効果で話が進むことだってある。
さらに「へえ」だったのが、▲47銀と引いた局面で、もしかしたら△13角と逃げる手が、最善のねばりだったかもしれないということ。
「駒に勢いがない。とても指す気がしなかった」
と当初は否定的だった郷田だが、後に「引くべきだったかもしれない」と意見を変えている。
気持ちはわかる。相手の画期的新手を喰らって苦しいときに、さらに屈服するような手ではとても勝ちは望めない。
強い人ほど、△13角のような手は排除するはずなのだ。
だが、ここでもやはり先入観の先に光があった。
△13角、▲15歩、△31玉、▲14歩、△22角で一目屈辱的だが、決めるとなると先手もハッキリしないのだ。
これは広瀬章人八段も同じ感想を抱いている。
なるほどという手順だが、それにしても△13角、△31玉、△22角は指せない。
ずーっと言いなりになってるだけだもんなあ。しかも歩切れだし。
進歩というのは、こういった「できない」「ありえない」というものを、試行錯誤の末に突破したときにこそ生まれるもの。
その意味ではソフトと人とが切磋琢磨して影響をあたえ合えば、これからもどんどんおもしろい将棋が見られるはずで、これからの展開も大いに期待したいものだ。
(人間だって負けてないぞ! 平成の棋界を震撼させた「中座飛車」)
(その他の将棋記事はこちらからどうぞ)