「永世七冠」と100年に1度の大勝負 渡辺明vs羽生善治 2008年 第21期竜王戦

2021年01月05日 | 将棋・シリーズもの 中編 長編

 「100年に1度の大勝負

 平成の将棋界には、そう呼ばれた戦いがあった。

 前回は中田功八段の軽快な三間飛車を紹介したが(→こちら)、今回からは棋史に残るある戦いを、じっくりと語ってみたい。

 それが2008年の第21期竜王戦。

 相対するは渡辺明竜王羽生善治四冠(名人・棋聖・王座・王将)。

 このシリーズのなにが「100年に1度」なのかと問うならば、まず勝った方が初の「永世竜王」(渡辺は連続5期、羽生は通算7期)の称号を得るというのがあった。

 加えて、38歳の羽生四冠はここまで

 「永世名人」「永世王位」「名誉王座」「永世棋王」「永世王将」「永世棋聖

 この六つの永世位を獲得しており(すごすぎる……)、ここで「永世竜王」になれば前人未到の「永世七冠」を達成することになる。

 さらにもうひとつ、シリーズ終盤でもうひとつの「史上初」がかかってくることとなるのだが、それは後の話として、前期の竜王戦で渡辺が防衛して以降、周囲から散々言われたのが、

 「来年、羽生さんが出てきたら面白いね」

 これには渡辺も、

 


 「やってみたい気持ちと、そうでない気持ちが半々」


 

 だったそうだが、そこをしっかりと勝ち上がって、挑戦者になる羽生善治はさすがの一言。

 見ている方は大拍手だが、当の渡辺からすると、苦笑いだったのではあるまいか。

 「この人、マジか」と。「勘弁してくれよ」とも思ったかもしれない。

 当然、世論は「永世七冠」を期待するだろうし、竜王にプレッシャーがかかるシリーズかな、というのが戦前の予想であった。


 第1局は竜王戦名物の海外対局、フランスはパリで開催された。

 後手番になった羽生が、当時流行していた一手損角換わりから右玉に組むと、渡辺は得意の穴熊にもぐる。

 

 

 

 この局面、自然な手は△23歩だが、一方的に飛車先の歩を切られては相手の言い分だけを通してしまい、おもしろくない。

 △65歩と反発したくもなるわけだが、▲同歩なら△67歩のタタキが、△69角の筋とからめてイヤらしい。

 とはいえ2筋が素通しのままというのは気になるし、ましてや穴熊となれば、どんな強襲をカマしてくるかもわかったものではない。

 その通り、渡辺はここをチャンスと見て▲23角と突貫してくる。

 △同金▲同飛成で一瞬駒損だが、はできるし、△66歩▲33竜を取り返せ、自陣は鉄壁だから指せると。

 

 

 

 ……のはずだったが、ここから見せた羽生の指しまわしが「伝説」になる。

 まず△67歩成と軽く成り捨てて、▲同金直に△69角

 この手順を見て渡辺はいぶかしんだ。

 なんだこれは?

 以下、▲68金引△47角成▲43金△64角

 

 

 この局面、先手の渡辺は優位を確信していた。

 将棋の形勢判断の基準に、

 「駒の損得」「玉の固さ」「駒の働き」「手番

 この4つを比較するというのがあるが、先手は2枚替えの駒得なうえに自玉は穴熊

 駒の働きも、後手は生角を手放し、しかもその2枚の角の利きがダブっていて、手番も自分にある。

 だから先手優勢というのは、「論理的帰結」だった。

 ふつうに局面だけ見ても、穴熊で攻めている先手がやれそうで、控室の意見も一致。

 ましてや、ロジカルに将棋をとらえる竜王にとっては、疑う余地などなかったろう。

 渡辺は△64角という手を「仕方なくこう進めている」と思っていた。

 その前の△69角も「この手だけはない」とも。

 なのに、△64角の場面に相対しながら、次第に青ざめていく。

 「何かうまい攻めがあるのだろう」

 とタカをくくっていたら、それが一向に見当たらないからだ。

 たとえば、▲56桂△46馬、▲64桂、△同馬がピッタリ。

 

 

 

 この局面を前にした渡辺の言葉を借りれば、

 最初は

 


 「思ったよりも大変だな」


 

 次第に

 


 「あれれ、おかしいな」


 

 考慮が1時間になった頃には

 


 「もしかして、悪いんじゃないか?」


 

 竜王は次の▲75歩1時間28分使っている。

 優勢を確信しての踏みこみのはずが、いざその局面をむかえると、有効な手がまったく見えない。

 ついには自らの不利を認め、

 


 「羽生名人の卓越した大局観をまざまざと見せ付けられた格好になってしまった」


 

 もっともつらい現実を受け入れざるを得ないという、長く苦しい時間だったのだ。

 実はこの△64角の局面、たしかに後手が優勢だが、渡辺がここまで沈みこむほどの差があったわけではなかった。
 
 だが、そういう評価値的な判断は、ここでは意味をなさない。

 問題なのは渡辺が「読みの中で切り捨てた」順を羽生が選び、しかもそれが「最善」だったという事実。

 つまりは「完全に上を行かれた」という衝撃であって、△65歩から△64角までの流れは渡辺にとって、

 

 「どうやら、貴方より私の方が将棋が強いようですね」

 

 指し手で宣言されたようなもの。

 ある意味負けたことより、よほどダメージを受けかねないことなので、事実、渡辺はこの後、ほとんどまともな抵抗も見せないまま投了に追いこまれている。

 この将棋は△64角と打った局面の美しさと、それにつなげる羽生の構想力、そしてなにより対戦相手の渡辺が、

 


 「私は完全に引き立て役になってしまったが、一番近くで見ることが出来て良かったのかもしれない」


 

 おみそれしましたとシャッポを脱ぐほどのもので、まさに奇蹟的な名局。

 あの佐藤康光棋王も、やはりこの形が後手良しであることに驚愕し、「右玉ルネッサンス」と称賛。

 すべてにおいて

 「羽生、やはり激烈に強し」

 を印象づけた開幕局となり、私も観戦して感動しまくったのをおぼえている。

 これだけ見れば

 「羽生永世七冠誕生」

 を疑う者など皆無という気がするが、まさかここから、このシリーズが「100年に1度」にかたむいていくとは、結果を知った今でも、まだ信じられないくらいだ。


 (続く→こちら

 

 


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