Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

♪59「分かちあう世界」

2023-07-14 | Season's Greeting
 引越しの三日後に入院した父がようやく退院して、先月から在宅介護が始まりました。

 献身的に父を介護してくれる妻、初めての転校に戸惑う次女、遠く離れた土地で一人暮らしをする大学生の長女と長男、リモートワークが定着してきたとはいえ単身赴任の私、それぞれがそれぞれに心配や不安を抱えていると思います。

 「弱くてもいいんだよ。解き放ったほうがいいよ。それが、〈あなた〉らしさだし、あるがままの〈あなた〉なんだと思うよ」

 そんな妻の言葉は、一人ひとりがそれぞれの〈世界〉をほんの少しであっても分かちあうことができれば、〈わたし〉が〈わたし〉であるということはどういうことなのかを気づかせてくれました。

初稿 2023/07/15
写真 蒼空と湖水を分かちあう天山の峰々
撮影 2023/04/02(佐賀・巨勢川調整池)

♪58「かけがえのない世界」

2023-04-08 | Season's Greeting
 高校卒業後、故郷の佐賀を離れて約三十年になりますが、昨年十月の同窓会で帰郷したのを契機に、この春引越しました。

 年老いた両親を観ていると、これまでもこれからも変わらない二人だけの〈世界〉が在ってほしいと思う一方で、誰しも生まれたからには死は免れぬものだからこそ、その一瞬一瞬の二人の〈世界〉のありようを妨げることなく、その傍らに居たいと思いました。

 コロナ禍によってリモートワークが定着してきた現在だからこそできたのかもしれませんが、それよりもまして妻と子供達の理解があってこそだと思います。

 年老いた両親や妻と子供達それぞれの〈世界〉はそれぞれにかけがえのない〈世界〉であっても、それらはいつかきっとどこかで交わるのかもしれません。

初稿 2023/04/08
写真 県庁前の御濠端にて
撮影 2023/04/01(佐賀)

♪57「稜線の遥かその先に」

2023-01-01 | Season's Greeting
 昨年は、これまでを振り返りつつ、子どもたちや家族の将来について考える機会が多かったような気がします。
 
 思いどおりにならぬものもあれば、思いもよらぬ巡り合わせが、結果として迷うことのない選択や判断を導くことを感じた一年でもありました。 

 あらゆる景色は観る人によって様々かもしれませんが、稜線の遥かその先に観える光景は自らにとって二つとなく、今年も充実したと思える一年でありますように。

初稿 2023/01/01
写真 稜線の遥かその先に
撮影 2022/11/19(東京・高尾山)

♪56「もうひとつのクリスマス」

2022-12-25 | Season's Greeting
 1914年竣工の日本橋三越本館は百貨店として現役でありながら国の重要文化財だそうです。

 屋上の庭園と階下に併設された美術サロンや劇場を5階吹き抜けの大ホールが支え、その大空間に屹立する彫刻の背後には約850本のパイプを擁したオルガンがクリスマスソングを奏でてくれます。

 まるで、建物そのものが贈り物であるかのように、行き交う人々それぞれの物語の始まりにふさわしく正面玄関のライオン像が迎えてくれます。

 でも、クリスマスの装いを纏ったライオンとはいえ、関東大震災や東京大空襲から難を逃れたその瞳には、これまであたりまえと思っていた価値観が大きく変貌した世界なる物語を写しているのかもしれません。

初稿 2022/12/25
写真 三越のライオン像
撮影 2022/12/17(東京・日本橋)

♪55「秋は来にけり」

2022-11-26 | Season's Greeting
 小林秀雄は「実朝」のなかで約八百年前に生きた鎌倉右大臣についてこう記しています。

「あたかも短命を予知したような一瞬言い難い彼の歌の調に耳を澄ましていれば、実は事たりるのだから」(p.104)

 そして、数ある歌のなかから幾つかを挙げたなかの一句。

「吹く風の 涼しくもあるか おのづから 山の蝉鳴きて 秋は来にけり」(p.112)

 瞳に映る光景や肌で感じる涼しさなど、それらはそこに在るとはいえ、それらがなんであるのかと問いかけようとする瞬間、言葉によって選ばれるべき「意味」があらかじめそこに在るのかもしれません。

 歌は、語る人にとっては限り無い言葉のなかから"自ずから"分かれた言葉で物語る「世界」の在りようのひとつかもしれず、時を超えて読む人自らにとってもまたそうなのかもしれません。
  
 ひょっとしたら、"おのづから"とは、"自ずから"を意味し、限り無い言葉のなかから"自ずから"分かれた「世界」を、語る人と読む人に物語るのかもしれません。

初稿 2022/11/26
出典 小林秀雄, 1954.『無常ということ』新潮文庫, pp.87-115.
写真 自ずから秋は来にけり
撮影 2022/11/19(東京・高尾山)