Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

α12「中村哲 先生 追悼講演会」 九州大学, 2020.

2021-01-31 | Exhibition Reviews
 「医療が生命にふれる問題を取り扱うなら、医師である自分が命の水を得る事業をするのは、あながちかけ離れた仕事ではないような気がした」(「医者井戸を掘る―アフガン旱魃との闘い」より)

 約20年にわたりアフガニスタンで医療活動に従事し、2010年には約10万人が生活できる総延長約25kmにわたる農業用水路を築いた中村医師の言葉。

 約2年前の2019年12月、不幸にも中村医師は凶弾に斃れましたが、その死を悼むとともにその功績を讃え偲ぶ様々なプログラムが昨年末に開催されました。

 NHKのドキュメンタリー番組では、ワーカーと呼ばれる日本人がなぜアフガニスタンの農業用水路建設に従事するに至ったかを描き、母校の同窓会が企画する追悼講演会では、同級生の目から見た等身大の中村医師の姿も垣間見ることができたような気がします。

 日本から遠く離れたアフガニスタンの民に寄り添うだけでなく、日本の社会から離れることを余儀なくされた若者をも受け入れる姿は、遠藤周作が描く出逢った人々の悲しみに寄り添う「永遠の随伴者」のイメージを彷彿させます。

初稿 2021/01/31
校正 2022/02/03
視聴 2020/12/27
番組 NHK「中村哲の声がきこえる」
受講 2020/12/19
主催 九州大学 医学部 同窓会
写真 東京ジャーミィ
撮影 2020/10/10(東京・代々木上原)

§108「反逆(上)」(荒木村重) 遠藤周作, 1989.

2021-01-23 | Book Reviews
 「信長は彼にとって憎しみと恐れ、コンプレックスと嫉妬、そういう複雑な感情を抱かせる相手だった。一度でもいい。彼はあの信長の顔が恐怖で歪むのを見たかった」

 司馬遼太郎の歴史小説は、崇高な志と合理的な考え方を兼ね備えた英雄を描かれているような気がしますが、遠藤周作の歴史小説は、歴史上の人物でさえも時代や自らが置かれた環境に翻弄され、心奥底深くに潜む自己を描いているような気がします。

 コンプレックスとは自らの劣等感や不信感や恐怖感を相手に投影してしまうこと。西国の雄 毛利輝元に睨みを利かせる要衝である摂津 有岡城主、荒木村重が織田信長に反旗を翻したのは、ひょっとしたら自らのコンプレックスを取り除こうとしたのかもしれません。

 一方、村重の妻 だしは、義父 信長への不信感や恐怖感をコンプレックスとして投影させず、自らが受け入れたのかもしれません。

「みがくべき 心の月の曇らねば 光とともに西へこそ行く」

 有岡城に残された一族と共に寄り添い、凛とした最期を迎えた彼女の辞世の句からは、西の彼方にあるとされる浄土へ迷いなく旅立つ、あるがままの自分としての自己と出逢えたような気がします。

初稿 2021/01/23
校正 2021/05/02
写真 有岡城跡
撮影 2020/04/18(兵庫・伊丹)

α11「ロンドン・ナショナル・ギャラリー展」, 2021.

2021-01-15 | Exhibition Reviews
 イギリス国外で初めての美術展はコロナ禍によって延期を余儀なくされ、関連する講演会も軒並み中止になりましたが、充実したオンラインセミナー等のおかげで往事を偲ばせます。 

 ペストという感染病によって教会の権威が失墜した14世紀において、宗教画にも新たな市民社会の息吹を感じさせるイタリア・ルネサンス。

 海運国家が世界を席巻した17世紀において、肖像画や風景画の枠を超えたフェルメールに代表される複雑なモチーフと観る者にとって解釈の余地を残す寓意性をもつオランダ・フランドル絵画。

 大英帝国が産業革命によって巨大な海運国家として成長していく過程で、欧州の絵画史とその絵画を通じた当時の欧州大陸との関わり方を系統的に学べるコレクションだと感じます。

 コロナ禍によって実在する絵画を目の当たりにする機会は少なくなりましたが、オンラインを通じて新たな興味や関心を呼び起こす社会との関わり方そのものもARTなのかもしれません。

初稿 2021/01/15
校正 2022/02/01
写真 ウエストミンスター宮殿(国会議事堂)
撮影 2001/09/14(イギリス・ロンドン)
期間 2020/06/18~2020/10/18
(東京・国立西洋美術館)
2020/11/03~2021/01/31
(大阪・国立国際美術館)

β7「天気の子」新海誠, 2019.

2021-01-08 | Movie Reviews
 2021年新春、一昨年大ヒットした映画の地上波初放送。一人一人がスマホやタブレットを持っていますが、家族と一緒にあらためてテレビで観ると思わぬ発見と巡り逢えます。
 
 「ただの空模様に、こんなにも気持ちが動かされてしまうんだ。人の心は空につながっているんだと、僕は初めて知った」

 ごく当たり前に存在していたものが目の前から忽然と姿を消すときの喪失感と不安感。

 「あの夏の日。あの空の上で、僕たちは世界のかたちを変えてしまったんだ」

 本当に世界を変えたかどうかは別として、それはごく当たり前に過ごしていた日常に戻れないことを示唆し、その日常において振る舞っていた自我を見失うことに。

 「天と地の間で振り落とされぬようしがみつき、ただ仮住まいさせていただいているのが人間」

 でも、あるがままの自分に気づき、素直に受け入れるとき、ようやく人は自己を見出すのかもしれません。

 降り続く豪雨に傘を差す人々の姿を描いた光景は、決して予想した訳ではないにせよ、コロナ禍でマスクを着ける現在と重なっているような気がします。

初稿 2021/01/08
校正 2022/01/31
写真 のぞき坂(映画のなかのワンシーン)
撮影 2020/07/19(東京・雑司が谷)

♪47「ふたつとない風景」

2021-01-01 | Season's Greeting
 2020年はコロナ禍によって時代の変曲点を迎えたような気がします。

 これまでの価値観や行動様式は見つめ直さざるを得ず、もう少しだけ時を要するかもしれません。

 でも、無理して背伸びをせずに、あるがままの姿に近づこうとすれば、自ずから道は開けると思います。

 コロナ禍の折、くれぐれもご自愛ください。今年もよろしくお願いします。

「修進甚功辛 勞生未得時
 騰身遊碧漢 方得遇高枝」
  御籤(第五十一番・吉)

初稿 2021/01/01
校正 2022/01/30
改題 2024/02/24
写真 富士川から望む富士山
撮影 2020/11/04(静岡・富士)