Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

§131「カオス」 J・グリック, 1987.

2021-10-30 | Book Reviews
 約25年前、大学の研究室の本棚から手にとった一冊。当時、専攻していた気象や流体力学の難しい方程式に頭を抱えていた私にとって、視点を変えて眺めることの大切さを示唆してくれたような気がします。

 流体力学は古典物理学におけるニュートン力学の一つであり、空気や水といった流体を個体と同様に連続した粒子と仮定して、その質量と運動量とエネルギーが一様な空間において保存され、初期値さえ与えれば時間経過後の状態を予測できるという考え方だと思います。

 ひょっとしたら、未来は予測できるものであり、自然現象さえも制御できるという「近代化」のもたらした価値観の一つなのかもしれません。

 ところが、「入力にほんの僅かの違いがあっても、出力に莫大な違いが生ずるといった現象には『初期値に対する鋭敏な依存性』という名前がつけられ(p.22)、蝶の羽ばたきが海の向こうで竜巻を起こしかねないことの喩えを「バタフライ効果」というそうです。

 「カオスとは、できてしまったものというより形成過程の科学、いうなれば『こうある』というより『そうなっていく』ことの科学なのだ、と言う者もいる」(p.16)

 これまで、宇宙や原子や素粒子といった伝統的な物理学が中心だったノーベル物理学賞において、初めて気象分野の研究者が今年度受賞したことは、ニュートン力学という決定論的な世界観でありながらも、気象現象のように非周期的な振舞いを目の当たりにする現実に、自然現象は制御できるという「近代化」のもたらした価値観はもはや絶対的なものではないことを示唆しているような気がします。

初稿 2021/10/30
写真 静水圧から滲み出る非周期的な振舞い
撮影 2012/09/30(東京・皇居外苑)

#67「柱時計」

2021-10-26 | Liner Notes
 四回目の緊急事態宣言が解除され、新規感染者数の急減や介護施設等の状況を踏まえつつ、第六波が到来する前にと思い、約二年ぶりに両親の元を訪れました。

 お互いが二回目のワクチン接種から約二週間を経て、家でもマスクを着用したりと、できることは心がけて逢いましたが、思いのほか元気でホッと胸をなでおろしました。

 年老いた父は将棋を指そうと云い、年老いた母は手が届かない所にある切れてしまった電池を換えてほしいと云いました。

 将棋の結果は三勝二敗。序盤で連敗した父は挽回して連勝した後、ひょっとしたら最後の一局は私を勝たせてくれたのかもしれません。

 築約五十年になる実家の時を絶えず刻み続けた柱時計。母の手が届かないその電池を換えた途端、コロナ禍によって約二年のあいだ留まっていた時が再び刻み始めたような気がします。

初稿 2021/10/26
写真 実家の柱時計
撮影 2021/10/23(佐賀・鍋島)

§130「ゾウの時間 ネズミの時間」本川達雄, 1992.

2021-10-16 | Book Reviews
 「目の見えない人は世界をどう見ているのか」(→§129)の著者が生物学の道へ進むきっかけになった本だそうです。私も学生時代に買って読んだのですが、約30年振りに再読してみました。

 「時は万物を平等に、非情に駆り立てていくと、私たちは考えている。ところがそうではないらしい。ゾウにはゾウの時間、ネズミにはネズミの時間と、それぞれの体のサイズに応じて、違う時間の単位のあることを生物学は教えてくれる」(p.5)

 時間は体重の1/4乗に比例するそうですが、私たちは一様な時間の経過に沿って人は成長し、人類もまた進化し続けるはずと思い込んでいるのかもしれません。

 そしていつのまにか、自らの存在を絶対化して意識するようになったからこそ、いまでもなお、差別や偏見、格差や争いは無くならないのかもしれません。

 「物理や化学は人間の目を通しての自然の解釈なのだから、人間を相対化することはできない。生物学により、はじめてヒトという生き物を相対化して、ヒトの自然の中での位置を知ることができる」(p.221)

 生命は自然環境に依存し、その実存するサイズに応じて支配する物理法則が異なることを理解することと同じように、人は自然環境に依存するだけでなく、育った環境に応じて考え方や慣習も異なることを理解することが大切なことのような気がします。

初稿 2021/10/16
写真 相対化して眺めてみること
撮影 2021/10/02(東京・築地本願寺)
発行 1992/08/25 中公新書 1087

∫43「東京 建築 十選」〈庁舎・民間ビル編 II〉

2021-10-10 | Architecture
 近代国家として成立した日本が帝国主義に傾倒していった1930年代、その時勢は建築様式にも影響を及ぼしたのかもしれません。(帝冠様式 下記①〜②参照)

 戦後の荒廃から高度経済成長期にかけて、建築様式は装飾性よりも機能性や合理性を重視した結果、建築構造も横長から縦長へ拡張するとともに都市構造の変革をもたらしました。(モダニズム建築 下記③〜⑦参照)

 しかしながら、合理的な画一性を重視することで単一性をもたらしたモダニズム建築に対して、多様性や新たな価値観を見出そうとした建築様式が登場します。(ポスト・モダン建築 下記⑧〜⑨参照)

 「近代化」は歴史や思想など様々な文脈で用いられますが、建築様式にも色濃く反映しているような気がします。そして現代建築と呼ばれるものもまた、コロナ禍後の社会に応じて絶えず変化していくような気がします。

初稿 2021/10/10
写真「東京 建築 十選」〈庁舎・民間ビル編 II〉
 ※○建築名(場所), 竣工年度.
''記載がある場合、高さと延床面積を引用"
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①遊就館(東京・九段), 1932.
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②旧軍人会館(東京・九段), 1934.
※保存・再開発予定, 2022.
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③西武百貨店(東京・池袋), 1952.
※横に長いビルとして日本一(当時ギネス記録)
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④NTT日比谷ビル(東京・内幸町), 1961.
"42m, 79,754㎡"
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⑤霞ヶ関ビルディング(東京・霞ヶ関)【1968】
"147m, 153,960㎡"
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⑥サンシャイン60(東京・池袋), 1978.
"240m, 190,595 m²"
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⑦新宿副都心 高層ビル群
(中)損保ジャパン本社ビル(東京・西新宿), 1976. "200m, 124,438㎡"
(左)新宿野村ビルディング(東京・西新宿), 1978. "210m, 119,442㎡"
(右)新宿センタービル(東京・西新宿), 1979. "223m, 183,064㎡"
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⑧東京都庁第一本庁舎(東京・西新宿), 1990 "244m, 195,567 m²"
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⑨モード学園コクーンタワー(東京・西新宿), 2008. "204m, 80,865㎡"
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⑩大手町プレイス(東京・大手町), 2018. "178m, 354,000㎡"
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∫42「東京 建築 十選」〈大学編〉

2021-10-03 | Architecture
 ようやく、緊急事態宣言が解除されましたが、人混みの多い処へ行くのは控えつつも、都内の大学建築のなかから概ね時代に沿って印象に残った写真をピックアップしてみました。

 はじめに、「近代化」の黎明期においては、医学や物理学といった西欧の科学技術は日本の伝統的な建築様式と折衷した木造の学舎にて営まれたことを偲ばせてくれます(下記①〜②参照)

 そして、西欧の近代的な教育システムは、キリスト教系の大学だけでなく、近代国家としての独立自尊や学問の独立を志す大学にも導入されていきました(下記③〜⑥参照)

 また、近代国家として成立した日本が帝国主義に傾倒していった時代を迎えようとするなかであっても、異文化理解と共栄を志す大学も設立されていきました(下記⑦〜⑧参照)

 一方、関東大震災を契機として国民の公衆衛生を護る専門家を育成する育成・研究機関も設立されました(下記⑨参照)

 なお、自分達が置かれた社会環境の変化に対応するための基礎的な力を培うことを旧制高校が担い、それがリベラルアーツと言われる原型のような気もします(下記⑩参照)

 建築様式は構造力学や材料技術の進歩によって進化すると漠然と思っていましたが、ひょっとしたら、時代に応じて求められる事を成すための理念を眼に見えるように具現化しているのかもしれません。

初稿 2021/10/03
写真「東京 建築 十選」〈大学編〉
以下、注釈
○建築名(場所), 竣工年度. ''理念等を引用"
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①旧東京医学校本館(東京・小石川), 1868.
(現)東京大学 総合博物館 小石川分館
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②旧東京物理学校(東京・神楽坂), 1906.
(現)東京理科大学 近代科学資料館(復元)
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③慶應義塾図書館 旧館(東京・三田), 1912.
"独立自尊"
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④立教大学 本館(東京・池袋), 1919.
"普遍的なる真理を探究し、私たちの世界、社会、隣人のために"
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⑤東京大学 安田講堂(東京・本郷), 1925.
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⑥早稲田大学 大隈講堂(東京・早稲田), 1927.
"学問の独立"
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⑦拓殖大学 A館(東京・茗荷谷), 1932.
"人種の色と地の境 我が立つ前に 差別なし"
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⑧上智大学 1号館(東京・四谷), 1932.
"他者のために 他者とともに"
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⑨旧国立公衆衛生院(東京・白金台), 1938.
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⑩旧制第一高等学校 講堂 (東京・駒場), 1938.
(現)東京大学 教養学部 900番教室(講堂)
----------〉以上