Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

α7「ハマスホイとデンマーク絵画展」【2020】

2020-02-09 | Exhibition Reviews
 地下鉄の駅構内で、ふと目を留めた展覧会ポスターを飾る1枚の絵画「背を向けた若い女性のいる室内」。作者はヴィルヘルム・ハウスホイ、19世紀末の北欧・デンマークを代表する画家だそうです。

 19世紀末のデンマーク絵画は、美しい自然やごく普通の家庭生活を描き、くつろいだ雰囲気とささやかな幸福感を醸し出す一方で、彼の作品には、白と黒そして光を基調とした静謐な空間が拡がります。

 くつろいだ雰囲気やささやかな幸福感は、描かれる人々の物語に連なるその瞬間を描いているからこそ、観る者の共感を誘うような気がします。

 でも、彼が描く静謐な空間はかつてそこで暮らしていた人々の物語を想起させてくれるとともに、そこに描かれる背を向けた人は、ひょっとしたら、観る者にとってこれから始まる自らの物語を示唆しているのかもしれません。

PS : 「ハマスホイは急いで語らなければならないような芸術家ではありません。彼は時間をかけてゆっくりと仕事をしています。その仕事をどの時点で捉えてみても、常にそれは芸術の重要で本質的な事柄についての話とならざるを得ないでしょう」
(展覧会の入口に紹介されていた書簡より)

初稿 2020/02/09
校正 2021/12/26
写真「ハマスホイとデンマーク絵画展」図録
期間 2020/01/21~03/26(東京都美術館)

§100「死海のほとり」遠藤周作, 1973.

2020-02-03 | Book Reviews
 海抜マイナス約400 m、地上で最も低い場所に位置する中東の塩湖「死海」。そのほとりから流れ込む塩分は、その土地で生きた人々の血と汗の歴史をたどり、とても深くそして厚く沈殿しているのかもしれません。

 奇跡を起こすこともできず、まわりからの期待を裏切り、誰からも見捨てられていくイエス・キリストを描く「群像」。そして、まわりから期待すらされず、なにもできない修道士の足跡を探す「巡礼」。時を隔てて織りなす二つの物語の舞台は死海のほとり。

 イエスや修道士のあるべき姿は、永い歴史のなかで教会や信者が意識的に作り出したものかもしれません。ひょっとしたら、その真の姿は人々の血と汗の歴史をともにたどり、人々の無意識に深くそして厚く沈殿しているのかもしれません。

 そのあるべき姿とは全く正反対の姿を描くことで、苦しみや悲しみをともに分かち合おうとする等身大の人間に迫ろうとしているような気がします。

初稿 2020/02/03
校正 2021/12/25