明治後期から昭和初期の時代は、日本が西欧化から近代化へと変貌した黎明期。
宣教師の住居であったり、政府が雇用した「お抱え外国人」と呼ばれた技術者が設計した邸宅(下記①, ②, ④, ⑤参照)などを通じて、当時の生活様式や文化などをその建築様式に溶け込ませながら、今もなおその面影を今に伝えてくれています。
ところで、「お抱え外国人」の役割は官公庁建築を担う各省庁の営繕課に引き継がれ(下記③, ⑥〜⑩参照)、当時の設計思想や価値観もまた、現代の設計コンサルタントや建設会社にも脈々と受け継がれているような気がします。
ひょっとして、建築様式とは機能性や合理性のみならず、時代や社会の影響を受けた思想や価値観なるものも表現しているのかもしれません。
初稿 2022/04/17
写真「東京 建築 十選」〈邸宅編〉
※○建築名(場所)設計, 竣工年度.
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①旧岩崎邸(東京・上野)
ジョサイア・コンドル, 1896.
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②旧宣教師館(東京・雑司が谷)
マッケーレブ, 1907.
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③旧竹田宮邸洋館(東京・高輪)
旧宮内省内匠寮(片山東熊), 1911.
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④綱町三井倶楽部(東京・三田)
ジョサイア・コンドル, 1913
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⑤旧古河邸(東京・駒込)
ジョサイア・コンドル, 1917.
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⑥鳩山会館(東京・音羽)
岡田信一郎, 1924.
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⑦日立目白クラブ(東京・落合)
旧宮内省内匠寮(森泰治), 1928.
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⑧旧前田侯爵亭(東京・駒場)
旧宮内省内匠寮(高橋貞太郎), 1929.
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⑨旧李王家東京邸(東京・紀尾井町)
旧宮内省内匠寮(北村耕造), 1930.
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⑩旧朝香宮邸(東京・白金台)
旧宮内省内匠寮(権藤要吉), 1933.
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宣教師の住居であったり、政府が雇用した「お抱え外国人」と呼ばれた技術者が設計した邸宅(下記①, ②, ④, ⑤参照)などを通じて、当時の生活様式や文化などをその建築様式に溶け込ませながら、今もなおその面影を今に伝えてくれています。
ところで、「お抱え外国人」の役割は官公庁建築を担う各省庁の営繕課に引き継がれ(下記③, ⑥〜⑩参照)、当時の設計思想や価値観もまた、現代の設計コンサルタントや建設会社にも脈々と受け継がれているような気がします。
ひょっとして、建築様式とは機能性や合理性のみならず、時代や社会の影響を受けた思想や価値観なるものも表現しているのかもしれません。
初稿 2022/04/17
写真「東京 建築 十選」〈邸宅編〉
※○建築名(場所)設計, 竣工年度.
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①旧岩崎邸(東京・上野)
ジョサイア・コンドル, 1896.
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②旧宣教師館(東京・雑司が谷)
マッケーレブ, 1907.
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③旧竹田宮邸洋館(東京・高輪)
旧宮内省内匠寮(片山東熊), 1911.
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④綱町三井倶楽部(東京・三田)
ジョサイア・コンドル, 1913
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⑤旧古河邸(東京・駒込)
ジョサイア・コンドル, 1917.
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⑥鳩山会館(東京・音羽)
岡田信一郎, 1924.
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⑦日立目白クラブ(東京・落合)
旧宮内省内匠寮(森泰治), 1928.
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⑧旧前田侯爵亭(東京・駒場)
旧宮内省内匠寮(高橋貞太郎), 1929.
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⑨旧李王家東京邸(東京・紀尾井町)
旧宮内省内匠寮(北村耕造), 1930.
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⑩旧朝香宮邸(東京・白金台)
旧宮内省内匠寮(権藤要吉), 1933.
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