Liner Notes

観たこと、聴いたこと、読んだことを忘れないように印象に残った光景を栞として綴ってみました

♪56「もうひとつのクリスマス」

2022-12-25 | Season's Greeting
 1914年竣工の日本橋三越本館は百貨店として現役でありながら国の重要文化財だそうです。

 屋上の庭園と階下に併設された美術サロンや劇場を5階吹き抜けの大ホールが支え、その大空間に屹立する彫刻の背後には約850本のパイプを擁したオルガンがクリスマスソングを奏でてくれます。

 まるで、建物そのものが贈り物であるかのように、行き交う人々それぞれの物語の始まりにふさわしく正面玄関のライオン像が迎えてくれます。

 でも、クリスマスの装いを纏ったライオンとはいえ、関東大震災や東京大空襲から難を逃れたその瞳には、これまであたりまえと思っていた価値観が大きく変貌した世界なる物語を写しているのかもしれません。

初稿 2022/12/25
写真 三越のライオン像
撮影 2022/12/17(東京・日本橋)

α16A「ジル」 朝倉響子, 1988.

2022-12-17 | Exhibition Reviews
 大学三年生になる長女とアーディゾン美術館からの帰り道、偶然めぐり逢った彫刻に思わずつぶやきました。

「あっ、大阪の御堂筋で見た『ジル』だ!」

 「Jill」という英語のスペルは女の子を意味するそうで、椅子につま先立って腰掛けるその彼女の姿は、なにかしらかの不安感と緊張感を漂わせつつも、誰かを待ちわびているのか、はたまた、なにかを判断しようとしているのかは分からないものの、なぜかしら凛とした印象を抱かせてくれるようです。

 ところで、なぜそう思うのかを考えると、その像のモデルとなった人がそうであったかもしれませんが、御堂筋で見た「ジル」も同じように思いました。

 ひょっとしたら、作者が彫刻によってなんらかの物語をその像に投影することで、観る人は無限の言葉から意味を選んで、眼の前に在る彼女の物語がそうであれ、そうでないとしても、自ずから分かる物語を存在させているのかもしれません。

初稿 2022/12/17
写真「ジル」 朝倉響子, 1988.
撮影 2022/07/10(東京・日本橋)
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写真「ジル」朝倉響子, 1993.
撮影 2015/03/21(大阪・御堂筋彫刻ストリート)


§164「ドストエフスキイの生活」 小林秀雄, 1939.

2022-12-09 | Book Reviews
 時間は過去から未来に向かって過ぎ去るものであると思いがちですが、過去であれ未来であれ、それらにいかなる意味や価値をもたらすかは、自らがいかに生きたかによるのかもしれません。

「それは『永遠の現在』とさえ思われて、この奇妙な場所に、僕等は未来への希望に準じて過去を蘇らす」(p.17)

 19世紀のロシア文学の巨匠、ドストエフスキーがそう呼ばれるのはなぜか。彼の作品のみならず、その作品をなぜ生み出したのか。そしてなぜその作品を生み出すことができたのか。そういった問いかけから、存在とはいかなるものであるかを考えるきっかけを与えてくれます。

「彼の注意はすべて人間に向けられていた。街の一般生活の印象、人々の天性や生活に向けられていた」(p.122)

 華々しい作家としてのデビュー以降、逮捕と死刑執行直前の特赦からシベリア流刑、賭博による散財と闘病など、眼を覆いたくなるような出来事や在りようを眼を背けずに睥睨したからこそ、彼の作品は生み出されたような気がします。

「読者は、作者の内的な葛藤に推参し、作者の世界観上の対話に耳を傾ける」(p.163)

 ひょっとしたら、その対話を通じて生きることの意味や価値を考えさせてくれるからこそ、時代を問わず読み継がれ、記された言葉をおのづから分かつことで、過去であれ未来であれ見ている先それぞれに、その世界なるものを自分の物語として存在させているのかもしれません。

「僕等は与えられた歴史事実を見ているのではなく、与えられた資料をきっかけとして、歴史事実を創っているのだから」(p.15)

初稿 2022/12/09
出典「ドストエフスキイの生活」 小林秀雄, 1939.
写真「雲」朝倉文夫, 1941.
撮影 2022/04/23(東京・朝倉彫塑館)