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今回ご紹介するのは「オグリの子」(著:阿部夏丸)です。
-----内容-----
勝つぞ、絶対に勝つぞ。
勝って、あいつはダービーに出るんだ。
優等生のユウ、悪ガキのナオト、そして落ちこぼれのコージ。
三人が憧れつづけてきた馬が今日、走る。
ひなびた競馬場から中央デビューを果たすべく、メインレースに挑む。
伝説の名馬の子に託した子供たちの夢を描く表題作ほか、全三篇を収録。
-----感想-----
表題作「オグリの子」の舞台は、岐阜県の笠松市です。
私が読む小説は東京や神奈川、大阪などが舞台になることが多く、岐阜が舞台の小説は珍しいなと思います。
笠松市には笠松競馬場という地方競馬場があり、かつてこの競馬場から伝説的な名馬が誕生しました。
そう。。。オグリキャップです。
「オグリの子」では、そのオグリキャップの子に夢を託す三人の小学六年生の子供たち(ユウ、ナオト、コージ)の物語が描かれています。
「なんて、名前?」小さな声でコージが聞いた。
鞍上の騎手はニヤリと笑い、こういった。
「オグリダービー」
「おぐりだーびー」コージは、確かめるように、そうつぶやいた。
騎手は、馬の向きを変えると、もうひと言、
「キャップの子だ」と、いい残して馬場に向かった。
この場面はとても格好良いなと思いました
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オグリの子である「オグリダービー」の走りを、子供たちが初めて見たときの場面です。
馬場に向かっていく馬と騎手の姿、それを見つめるコージの姿が浮かんできます。
コージの父親のこのセリフも印象に残りました。
「確かに、キャップは、すごい馬だった。でもな、俺は、キャップのすごさは、背負わされていたものにあると思うんだ。地方出身馬が中央の良血馬を倒す、このドラマに日本中が酔いしれた。みんな自分の夢を無責任にキャップに背負わせたんだ」
背負わされていたもの…
馬はとってもデリケートな生き物なので、周りの目には敏感です。
きっとオグリキャップも、自身にかけられる期待の大きさに気付いていたのではと思います。
色々な人の想いを背負い、走り続けたオグリキャップ。
格好良すぎです
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この作品の良いところは、単なる競馬ドラマではなくて、ユウ、ナオト、コージの三人の人間模様が、とてもリアリティに溢れているところだと思います。
ユウは家庭に対して不満を持っています(特に父親に)。
なんて、この家は、堅苦しいのだろう。
お行儀、お行儀。勉強、勉強って、うるさすぎるんだよ。うちだけだ、そんなの。
父親に無理やり勉強させられ、さらに中学校は名古屋の私立に行くように言われ、ユウの不満は募っていきます。
名古屋の私立に行くことになれば、ナオトやコージともこれまでのようには会えなくなります。
いい加減うんざりしたユウは、ある事件を起こして父親に反旗を翻えそうとします。
一方的に勉強を押し付ける親と、不満を募らせる子供。
この構図で現実社会で実際に事件が起きたりもしているだけに、とてもリアリティがあったし、ユウの心情もわかりました。
コージも家族に対して思うところがあります。
ただユウとは違って不満ではなく、不安感のような気持ちを持っています。
コージの家は父親が働いておらず、母親の稼ぎで生活しています。
父親は家の掃除をしたり料理を作ったりする、今でいう「主夫」をする傍ら、笠松競馬場に足を運び日々を送っている感じです。
最近では理解されるようになってきた「主夫」も、この作品が世に出たのは1996年なので、その当時はまだ理解がなかったと思います。
ユウとナオトを家に招くことになり、コージは父親が無職なのを気にかけていました。
それでも、父親は「母ちゃん」に頭が上がらないほかは気さくで包容力もあり、ユウやナオトからも良い父親として好印象を持たれました。
そこはすごく良かったと思います
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オグリキャップの子、オグリダービーはすごい強さで勝ち続け、中央競馬でのデビューを意識するようになります。
その中央デビューに向けた最後のレースで、三人はそれぞれ賭けをします。
お金ではなく、「心意気」や「歩む道」を賭けています。
オグリダービーが勝つほうに、三人は夢を託したのです
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