顔色がすっかり悪くなったJK。
過去問を開いては溜息をつき、寝転がってしまう・・・不安、おびえ、そして止めようのない緊張・・・
「大学生になりたい」 言い聞かせるように何度もつぶやいている。
抑えきれなくなったのか『嵐』のDVDを持ち出した。
大好きな相葉君やにのの姿を眼で追っている。 「ご利益あるのは翔君だよね」と言いながら、口をきゅっと結んで涙をこらえているようだった。
「嵐ね、明日・明後日は福岡でコンサートなんだよ…去年もそうでね『受験生の皆さんご苦労様です』て言ってくれたんだよ!
でも、受験生はその時センターを受けているんだけれどね!」
明日の時間に合わせて朝起きて準備をして、会場の下見に出かけた。
送り出しながら、上の子どもたちのことを思い出した。
長男が現役の時、ちっとも机に向かわないのに妙に自信満々でセンター試験を受けた。結果は惨憺たるものだった。
彼の志望校はセンター900点満点中7割5分以上を求められていた。悪くても7割。ところが息子は7割に届かなかった。
本人は二次試験でなんとかなるものだと高をくくっていた部分があったが、学校の進路指導は違った。
「○○は教育大。総合大学がいいのなら、秋田大か信州大学」
考えてもいなかった大学名がでて来た。
あれだけ呑気にセンター試験を受けた息子の顔色が悪くなった。部屋に閉じこもり、口をきかなくなり、食べられなくなった。
そんな様子を見ていて、旦那と「もう不合格でもいい」と思った。
息子には話していないが、この時旦那が学校に電話を入れた。
「不合格でもかまいませんから、本人の望むようにやらせてやって下さい」
その後息子は「先生がどうしても受けたいのなって言ったから、はいって答えた」と本当に嬉しそうに話した。
二次試験は神奈川の大学所在地で行われた。終わったころかなと思っていたら、電話がきた。
「お母さん、楽しかった。受けさせてくれてありがとう!」というものだった。
その電話を受け取った時、これでよかったんだと思った。
次の年、間際まで模試でA判定をとりつづけ、親は夢を観ているような気分だった。
だが、やっぱり試験には魔物がいる。楽々8割以上をとっていた点数がとれなかった。ただ、二度目のこの時はぎりぎり7割をとった。さすがにへこんだ様子だったが「去年よりはなんぼも可能性が高いから、頑張ってくるわ」と出かけた。
二次試験はどの教科も記述方式をとるこの大学。時間以内に答えるには、とにかく鉛筆を動かし続けなければいけない。必死に書いたのだろうと想像している。多分、その記述に光るものを大学が認めてくれたのだろう。
彼がセンター国語でとった点数では、到底合格は手に入らない。ところがミラクルが起きた。
「あきらめない」大事なことなんだとこの時私も身にしみた。
長女はまた違うドラマがあった。
それぞれの子どもで、それぞれの歩む道がある。
それがどんな道であろうと、親は黙ってみていることしかもうできない。
せめて笑って見ていてやろうと思う。
さあ、次女の初めての挑戦は明日。センター試験の結果が良ければ二次試験を楽に受けることができるし、結果が悪くてもまだ二次試験でがんばることができる。まだまだ胃の痛くなる時間は続くのだが、この半年の彼女の苦労を間近でみて来た私は早く終わりにしてやりたいと思ってしまう。
ようやくここまで来たね。 良く頑張った!あと少し!! もう少し我慢して、頑張ってみよう!!