珍しく長女が電話をしてきた。
「あのね、今後の事なんだけれど・・・」
長女はまもなく大学を卒業する。今卒論の審査を受けている。
4月から・・・・どうするのか、ずっと家族は聞くに聞けずに見守ってきた。
この娘は、子どものころから内弁慶のへそ曲がりで、内外ともに人との付き合いがへたくそ。
それがこうじて高校を卒業間近に大事件を起こした。
そんなつらい時期があった。
それでも「○○大学に勉強してみたい専攻がある」と言いだし、進学した。
彼女の大学生活の始まりは姉の闘病の始まりと重なっている。
病人と、なんか不思議なばあちゃんと少しへそが曲がり始めた兄と、
奇妙な同居生活に時に癇癪を起こし「大学なんかやめてやる!」と言ってきた。
中途半端で終わった高校生活があったから、今度はなんとか無事に過ごして卒業してくれと、
親は神仏に祈り続けていた。
それがここまで来た。神仏のおかげもあるだろうが、本人の努力と忍耐が一番だ。
そして終わりを迎える大学生活に、次のステップは?
「うちの大学内定率50パーセントいってない・・・・私がまともに就活したって、ねえ」
と言われたら、無理やりそれでもと、この娘に強要することはできなかった。
旦那は 「自活する道を自分で探してください。その努力をする限り、親としてできる限りのことはする」
とだけ話した。
娘は4年生の時間をゆっくりとすごし、卒論も丁寧に丁寧に仕上げたようだ。
そして少し前から「○○をやっていきたい」というようになった。
「父もどうやったら続けられるか探してみるから、君も教授に聞いたり、自分でも探してみるんだぞ」と旦那が答えていた。
「先生にね、話したら、別の大学で講義を持っているから、とりあえずそれを聴きに来なさいって言ってもらえた」
久しぶりに聞く、屈託のない子供のころのような明るい娘の声だった。
早くに相談したら学生として続ける道があったかもしれないが、ここ、ここまで来るとすべての手続きは終了している。
だが、間が空くと力が落ちてしまうから、そうならないようにという配慮をいただいたようだ。
学びの場を確保するまで、環境を整える時間を与えてもらえたという。
感謝 しかない。先生、ありがとうございます。
学校 に傷つけられたこの娘を救ってくれたのは、 やっぱり 学校 で、
もがいてもがいて道を探している。
まだまだ時間はかかるだろう。でも、彼女の人生は始まったばかり、
人生の最後のほうに「ま、よかったんじゃないかな」と思ってくれたらそれでいい。
どの子もみんな笑って暮らしてほしい…願う事はこればかり。
嬉しい知らせだった。