HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

消え失せた創造哲学。

2020-08-05 06:23:54 | Weblog
 「無印良品の迷走が止まらない」「無印良品よ、大丈夫か」「無印良品、いきなり破たん!」等々と、このところメディアには識者が書いたラジカルな見出しが並ぶ。

 確かに経営母体である(株)良品計画が発表する経営データを見ると、識者にはその予兆が感じられるのかもしれない。まず、同社が7月10日に発表した2020年8月期決算見込み(20年3月〜8月の6カ月)では、最終連結損益が39億円の赤字になる見通しだ。

 米国事業はコロナ禍の影響で今期の純損が40億円を超えている。店舗をリストラするにも残る契約期間の家賃を一括で支払う特約に縛られるため、連結子会社では連邦破産法第11条(日本の民事再生法)の適用を申請した。家賃交渉や退店処理をスムーズに行うには、それしか選択肢が残されていなかったからだ。

 香港を合わせて300店舗に近い出店を誇る中国は、逃亡氾条例の改正や国家安全維持法の施行により、もはや一国二制度は有名無実と化している。周政権は米国の輸入規制による景気悪化で国家主義的姿勢を強めており、さらなる軍備増強や海洋進出をエスカレートさせれば、良品計画の事業展開にも無関係ではなくなってくる。

 バランスシートは企業の実態を冷静かつ客観的に伝えるし、グローバル経済において国際政治は景気を左右する最重要因子でもある。こうしたことを総合すれば、識者が無印良品の動向を憂慮するのはわからないでもない。ただ、1980年代から20数年にわたってずっと無印良品を使い続けてきた人間からすると、「モノづくり」が変わったことも要因の一つとして挙げられる。コアなファンであればあるほど、変化を劣化と感じ離れているのではないか。


わけあるモノづくりが生んだ世界観

 無印良品の誕生は1970年代後半まで遡る。当時、西武流通グループを率いた堤清二社長は、傘下にあった量販店「西友」のプライベートブランド(PB)開発を目論んだ。この時、開発のコンセプトになったのは、「消費社会へのアンチテーゼ」。市場では資本の論理ばかりが優先され、物づくりが本質から離れた商品が出回っていた。堤社長は商品にブランド名が付くだけで価格が上昇する現象に疑問を持つ。そこで「ブランドを与えないことで価格を抑える方が消費者に喜ばれるのでは」と考えた。それが開発の動機になった。

 命を受けたのは当時、グループの広告制作に当たっていたグラフィックデザイナーの田中一光やコピーライターの小池一子だった。西友のバイヤーでもなければ、メーカーの開発担当者でもない。一介のクリエーターたち。しかし、彼らが任されたのは明確な意図があった。それはクリエイティブワーク=創造作業=モノづくり。堤社長はコストを下げて収益を上げるのに心血を注ぐ人間より、彼らの方が真摯に物づくりに向き合えると、判断したのである。

 1989年には西友から離れて(株)良品計画が誕生。西武グループの威光に頼ることなく、独立独歩で発展を遂げる。無印良品はカテゴリーを衣料から食品、文具、雑貨、化粧品、家電、家具、住居へと拡大。生活全般の商材としてマーケットの中で確固たるポジションを築いた。筆者は大学時代にその存在を知り、社会人となってからは、購入頻度が高まっていった。80年代半ばにはDCブランドか、無印良品かというくらいに二者択一で使い分けていた。

 渋カジやストリートがトレンドになった90年代は、巷では着たくなるウエアがほとんど出回らなくなり、無印良品ばかり着ていた時期がある。シンプルでプレーンなデザイン。素材は天然繊維が主体で自然な風合いがあり、素材名も単にコットンや麻、絹ではなく、「天竺」「フライス」「モスリン」「ラミー」「きびそ」と、種別がタグに表記されていた。

 筆者の感性にフィットした理由を考えてみると、モノづくりに見られる哲学や意志、そこから生まれた世界観だろうか。当時、スニーカーのタグには「雑のう」の素材を利用したと書いてあった。舶来のキャンバス地を用いることなく、逆に日本的な素材で原価をかけるのが無印良品の真骨頂。昭和ひと桁世代には懐かしくもあり、バブル以降の人たちには粗野な感じが時流に合っていると受け取られた。



 派生系である他のアイテムにも、虚飾を排した独特の美意識があった。クラフトの大型封筒、クリアファイル、和紙風の便箋等は質感が好きになった。大型店に行くと、ついつい衣料品以外も購入してしまう。キッチングッズからテーブルウエア、インテリア、菓子まで、ニューヨークから戻った筆者のライフスタイルに溶け込み、買い物の定番となった。特に皮剥き器やA3のクリアファイル、スイートパイ(スクエア型のみ)はお気に入りだった。

 それらが少しずつ失われ変わっていくのを感じたのは、2000年代の半ばだろうか。デフレ禍の蔓延で価格が安いことが価値を決めるようになった。若年層の意識変化も影響した。何せ原価をかけた商品に出会えないのだから、商品価値などわかりようもない。リーマンショックを境に無印良品は質感より安さを押し出していく。それは創業時の「わけあって、安い」とは異なる。衣料品に限って言えば、低価格で買いやすい商品=無印良品となっていった。

 それで、良品企画は一時的に売り上げが伸びた。しかし、低コストで調達するためロットがケタ違いに大きくなり、店舗を大型化、店数を増やしてもプロパーでは売り切れず、値引き販売しても在庫を残してしまう。結局、数を売らなければ収益を確保できないから、さらに調達コストを下げてしまう。売り上げ効率ばかりを追いかけて、無印良品本来のモノづくりがなおざりにされていったように思う。


無印良品になくて、ニトリにあるもの



 2006年頃、無印良品で「麻100%の5ポケットパンツ」を購入した。ナチュラルな風合いで、生地にはこしがあり、ステッチまで同系色で統一したミニマル感が気に入った。何度洗濯しても劣化はなく、15年たったこの夏も穿いている。NBメーカーが発想もしないような企画ベクトルのアイテム。今になっては2〜3本大人買いしていればと後悔するほどだ。

 このような素材に重点を置く商品は、低価格戦略では生まれない。お気に入りだったスイートパイも廃番となり、食品の購入は品揃えが充実するカルディコーヒーファームに移り、無印良品ではせいぜい下着や靴下、ボールペンくらいになった。




 この頃、良品計画は一般から商品企画を公募している。テーマは確か「角」だったと記憶する。住居やオフィスなど暮らしの中で、得手して死角となっている「角っこ」にふさわしい商品を生み出す狙いだったと思う。ちょうど、事務所マンションのキッチンでシンク脇に置いていた「水切りラック」が15年以上の使用で買い替え時期にあった。

 ファッション雑誌のリフォーム特集で、よく見かけた西ドイツ製。折りたたみ式のコンパクト設計で、狭いキッチンでも場所を取らず、グラスやクヴェールが同時に水切りできる。15年以上も使用したので堅牢度は申し分なく、大きめのパスタ皿を置いても安定性が良い。さすが、質実重視のドイツが作った優れもの。以前は東急ハンズが販売し、筆者はキッチンハウスで購入したが、同じものはすでに製造中止になっていた。

 別の商品を探したが、どれも一般家庭向けで横幅のサイズが大きい。そこで、良品計画なら「作ってくれるかもしれない」「片隅に置ける≒角」と拡大解釈して先の募集に応募した。すると、テーマからズレているらしく、担当者から「当社では開発の対象にはなっていません」と、けんもほろろに企画書を突き返えされた。

 仕方ないので、Amazon.comで見つけたパクり商品をニューヨークの知人に頼んで2個買ってきてもらったが、両方とも半年も経たずにプラスチックのバーが折れてしまった。しばらくは100円ショップで購入した水切りと受け皿の組み合わせで凌いだものの、小さ過ぎて使い勝手が悪い。その後も無印良品がワンルーム、省スペース向けの水切りラックを企画する様子はなかった(現在はカゴタイプはあるが)。

 ところがである。取引先であるマンション投資会社の社長がこんなことを語った。「賃貸のワンルームマンションを借りるのは圧倒的に若い女性。だから、企画開発のためのアンケートを取るとキッチン周りの要望は多い。『場所を取らない水切りラックが欲しい』と言うのもあったね」。この話を聞いて、筆者のライフスタイルが特別なのではなく、生活者の中には同じように考えている人が少なくないことを実感した。



 ならば、どこかの企業がそうしたニーズを吸い上げても、おかしくない。案の定、ニトリが水切りバーがX状にクロスしたラックを販売した。日本のメーカー、山崎実業製で、現在はAmazon.comでも販売されている。事務所キッチンは横のスペースがないが、縦の空間には余裕がある。横幅がちょうどスペースに収まるので、即買いした。やはり消費者の声に耳を傾けて商品を品揃えし、無ければ開発に踏み出す。マーケットニーズを的確に掴むことがビジネス拡大の基本。ニトリの売り上げが伸びるはずである。

 翻って、良品計画はどうだろう。筆者はモノづくりの意思や哲学、世界観が無くなっていると感じる。売り上げ効率だけを追う大企業病というか。先の水切りラックにしても、ニトリが販売できて良品計画が作れないはずはない。「当社では企画開発の対象にはなっていません」という回答も、生活者ニーズを無視したエリート目線の対応に映る。大きくなりすぎたこと、いや業績拡大を狙い過ぎたことが、むしろ無印良品にとってはアキレス腱かもしれない。

コメント
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