HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

発想はみんな描ける。

2021-05-12 06:53:17 | Weblog
 日本経済新聞の朝刊最終面に掲載される「私の履歴書」。各界の功労者が自らの足跡を語るもので、アパレル業界からは森英恵氏や先ごろ亡くなった高田賢三氏、コシノジュンコ氏が登場されている。

 業界を陰で支える黒子では、島精機製作所の島正博会長が今年3月1日から30回に渡って連載された。紀州の発明王との異名を持ち、全自動無縫製手袋編み機の開発では、世界のニットアパレルに変革をもたらした。そんな島会長は最終回で以下のことを語られている。

 「数年来世界のアパレル産業への逆風が強まっている。シーズンごとに新デザインを大量生産し、売れ残りを大量廃棄するビジネス手法が利益に結びつかなくなり、さらに大量廃棄は資源のムダ遣いと批判されるようになった

 「大量生産・大量廃棄の行き詰まりはホールガーメント機を世に出した四半世紀前、私がアパレル産業の未来像を考えた際に浮かんだ『構造的な欠陥』と一致する。07年に大河内記念生産特賞を受賞した高度ニット生産方式はその欠陥を克服し、15年の国連サミットが採択した『SDGs(持続可能な開発目標)』は私の主張に限りなく近い。おこがましいのは承知の上だが「ようやく時代が追いついてきた」と感じている」(原文のまま)

 技術者、そして経営者として目の前に出現する課題をいかに解決するか。それが会社を前進させる上では重要になる。島会長は機械の開発・発明に身をささげ、画期的なマシーンを生み出しながら様々な経営課題を解決した。その意思を継ぐ次の人たちが上記の課題にどう取り組むのか。島精機製作所だけでなく、業界としても大きなテーマになる。

 それに直接関係することではないが、日経新聞の姉妹紙、日経MJでも私の履歴書のスピンオフ企画なのか、先日、島精機製作所の新しいサービスが取り上げられた。

服デザイン、パソコンで手軽に」「島精機、サブスクで提供

 記事によると、島精機製作所は一般のパソコンでも衣服のデザインができるシステムを開発し、3月からサブスクサービスを開始した。このシステムでは糸の質感までリアルな3D画像で忠実に再現でき、サイズや色、模様を簡単に変えることが可能になるという。



 サービスはパソコンにソフトをダウンロードするだけで利用できる。推奨されるスペックを守れば、ワークステーションと遜色ない操作性が得られるという。島精機製作所では、「色の再現性を高めるための高機能モニターがあれば、より既存商品に近づく」と、自信を示す。



 システムは、生地だけでデザインする最も安価なものからニット衣料のデザイン、布帛衣料のデザインまで機能別に5コースが設けられている。全て機能を利用できるコースでも年数十万円で済むというから、個人のデザイナーや中小零細のアパレルでも導入しやすい。

 同じか、これより優れたシステムは、米国のMITでも学生たちがデザインの授業で活用しているという記事を読んだ記憶がある。日本の大学や専門学校でも教材として採用していいのではないか。まあ、こうしたアプリケーションを使いこなせず、授業に応用できないおばさん講師陣には、潔くリタイアしていただくことになるだろうが。


Illustratorでは限界があった生地感が再現できる

 もっとも、ここまでのシステムがあると、アパレル現場は大きく変わる。デザイナーは実際に生地を加工するまでもなく、頭に描いた様々なアイデアをパソコン上でデザイン化できる。これまで単なるグラフィックの延長戦上にあった3D画像から、糸の質感まで詳細にわかるようになったのだから、サンプル製造しなくても出来上がりがイメージしやすい。

 利用者はデザインデータをニッターに送れば、メーカーが生産用のプログラムに変換して横編み機で衣服に作り上げてくれる。布帛の製造フローに応用されるも、時間の問題だろう。こうした衣服をコンピュータでデザインする発想は、島正博会長が1970年代から開発に取り組んでいたもので、その画像性能はトヨタやフォードもデザイン設計に使用したとか。

 一方、アパレルからの引き合いはそれほどなかったが、島三博社長が衣服のリアルな画像化を目指して開発担当のスタッフを3名から10数名に増員し開発に漕ぎ着けた。当初は再現が難しかった衣服特有の質感も、糸そのもの3D化しケバ感を表現することで可能にしている。

 商品企画から製品化までのリードタイムが短縮でき、市場投入時期から逆算してギリギリまでデザインを詰めることが可能だ。展示会で取引先の要望や修正、別注を受けた時にも素早く提案できる。MD、営業にとっても仕事を迅速かつ効率的に進められるわけだ。

 もちろん、デザイナーにとってイラストを描く能力は重要は条件だ。ただ、発想力が旺盛でアイデアを繰り出せる一方、イラストがあまり得意ではない方にとっては救世主になるかもしれない。まして、実際の服づくりでは、MDがよりリアルな形にしなければならないし、どうしてもサンプルを必要する。場合によっては、後者を省略できるメリットは大きい。





 筆者も過去にはPCで衣服のデザインをしたことがあるが、利用できるソフトはIllustratorくらいしかなかった。ペンツールで衣服のシルエットやアウトラインを決め、ロゴ、ラインやチェック、模様などを別にデザインして組み合わせるか、スキャニングしたテキスタイルデザインを加工・型抜きするくらいが限界だった。島精機のシステムは糸の質感まで正確に再現され、生地感がよりリアルにわかるとデザインに対する手応えも変わってくる。


技術革新がアパレルの経営課題を解決する

 数年前には自分でデザインしたニットのサンプルを作ろうと、知り合いのニッターにお願いした。しかし、糸の手配や編み地の問題からハードルが高く、諦めざるを得なかった。ただ、ここまでソフトが進化すると、現物のサンプルというよりデータサンプルでもいいかと思ってしまう。この先にオリジナルデザインのニット製造が広がっていけば、それも楽しみだ。

 アパレル企業は今、いろんな課題を抱えている。そうした課題に対しは、「企業経営の全体最適化」をすることで、解決への道筋が立てられると言われる。企業経営で共通する課題には、どんなものがあるか。一つは会社の方向性などの目的に関するもの。二つ目は業務の仕組みやルールなどの手段に関するものだ。

 まず、目的が何かを決めなければ、手段を決めることはできない。掃いて捨てるほど安価な商品が市場に溢れているのに、そうした商品作りを目的にしても既存の企業とは勝負にならない。じゃあ、どんな商品を作ればいいのか。それを示さなければ、企画から製造までの手段は決定できない。そして、そうした目的をきちんと理解し、それを達成するために手段を使う存在が社員という人になるのだ。

 言い換えれば、経営者が会社が向かう方向やビジョンを社員に示さなければ、社員は仕組みやルールを使いようがない。この3つをうまくリンクさせていくのが「企業経営の全体最適化」なのである。その点で、島精機製作所は常に「こんな技術があれば、もっと良い服が作れて、無駄が省ける」という目的を持ち、「技術革新を進めるためにこんな機械を開発しよう」を手段としてきたということだ。

 今回のシステム開発では、衣服のリアルな画像化という課題を解決するために、人材を惜しみなく投資している。この流れが同社にとっての全体最適化なのだ。もちろん、アパレルが抱える全ての課題が解決されるわけではないので、次なる手段も考えているはずである。

 布帛に関してはデッドストックや端切れを除けば、反作り、反つぶしからどうしても最低ロットが必要になる。しかし、ニットの場合は既存の毛糸を利用すれば、このシステムで小ロットのオリジナルを作ることも理屈上では可能だ。すでに百貨店などでは編み地限定のオーダーニットを受け付けているが、それをさらに進化させることになるだろう。

 島精機製作所のことだから、既存のシステムに甘んじることなく、オリジナルニットの簡易製造が可能な安価な編み機まで作ってくれるかもしれない。個人的にはローゲージやミドルゲージのコットン糸を使ったニットをデザインしたいと思っている。残る課題は、そうした糸が身近に手に入るかどうかだが。
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