今から36年前に大ヒットした米国映画トップガンの続編、「トップガン・マーベリック」が公開されている。前作では海軍パイロットの養成学校を舞台に最高の称号であるトップガンを得るために奮闘する候補生たちの人間ドラマが描かれた。主人公のトム・クルーズを一躍スターダムに押し上げた作品でもあるが、彼が映画で着ていたレザーのA-2が脚光を浴び、巷ではMA-1ジャケットが大ブームとなった。
今回のトップガン・マーベリックでもヒットアイテムが出るのかと思っていたら、意外にもリバイバルしそうなのが「レイバン」のサングラスだ。起源は米国移民のドイツ人が創設した眼鏡メーカー・ボシュロム社に、陸軍航空隊の中尉からパイロットの目を守るためのサングラス開発が依頼されたことだ。そこで生まれたのがティアドロップ型のメタルフレームにモスグリーンのガラスレンズを入れた「アビエーター・モデル」である。
1936年、このモデルはクラシックメタルとして市販され、翌年には光線を遮断する意味の「Ray-Ban」というブランドが誕生した。日本では1945年、GHQの総司令官として厚木基地に降り立ったダグラス・マッカーサーがコーンパイプを咥え、そのサングラスをかけていたことで知られるようになった。その後、70年代にはミュージシャンなどがティアドロップ型をこぞって愛用し、一般にも広く浸透した。
前作のトップガンでもトム・クルーズがかけたためヒットしたと言われるが、一大トレンドということでは70年代の方が凄かった。さらにティアドロップには大きめのサイズ、ブリッジの上部に汗止めがついた「シューター」、脱落を防止するためにテンプルが耳たぶまでかかるタイプ等など、バリーエーションは豊富だった。レンズも濃霧対応の黄色など機能に応じたカラーが揃い、近視向けに度付きレンズも用意された。
トップガン公開と同時期の80年代にはセルフレームの「ウェイファーラー」1、2が流行し、90年代には映画マルコムXで主人公がかけていた「クラブマスター」が話題を呼んだ。そのどれもが今も市販されている。トレンドは繰り返すというが、レイバンもその最たるブランドだと思う。
もっとも、レイバンのサングラスはミリタリーがルーツなだけに機能性を最大限に高めたものだが、ブランドサングラスの多くがティアドロップ型を採用したのを見れば、レイバンがデザインの面で与えた影響は計り知れない。ファッションアイテムとしてこうも長く受け継がれているのは、デザインの黄金比率というか、不変のプロトタイプである所以だろう。
ベースは堀が深くて鼻が高い、頭蓋骨に奥行きがある欧米人に合わせてデザインされた。そのため、ベタっとした顔立ちのアジア民族には似合うはずもないのだが、日本人でもロン毛のミュージシャンがかけると、実にカッコよかった。70年代にはロンドンブーツ、パッチワークのジーンズと並んで、ファッションスタイルの三種の神器だったと言ってもいいだろう。
今回のマーベリックでは、トム・クルーズが再びレイバンをかけたことで、70年代ファッションや前作を知らない層が注目するようになっている。先日もとあるタレントが同映画を観て、ティアドロップ型をかけてみた印象をTwitterに投稿。「トム・クルーズではなく香港の映画俳優チョウ・ユンファそっくりになった」との自虐的なコメントがネットニュースに掲載され、いろんな番組でレイバンが取り上げられるきっかけとなった。
確かにベタベタな日本人がレイバンをかけたところで、欧米人のトム・クルーズに似ることはない。ただ、中華系のチョウ・ユンファは顔の骨格が日本人に近い。当該タレントも顔の輪郭というか、頬から顎にかけてのラインがチョウ・ユンファと同系なので、サングラスで目元が隠れると似てくるのは当然である。
強烈な個性を作り上げたサングラス
折角だから、チョウ・ユンファのサングラスについても論評してみたい。彼がサングラス姿で登場するのは、映画「男たちの挽歌(原題:英雄本色、英題:A Better Tomorrow)」である。香港ノワールの鬼才ジョン・ウー監督による贋札シンジケートを舞台にした作品で、チョウ・ユンファは闇組織の幹部、マークを演じた。映画の冒頭でマークは同じ幹部のホー(ティ・ロン)と刷り上がった贋札の出来をチェックし、札につけた火でタバコを蒸すシーンでは、サングラスをかけた顔がアップになる。
このスチール写真がビデオやサントラCDのパッケージで数多く露出したことから、世界中の映画関係者はもとより、映画ファンにも強烈なインパクトを与えた。あのクエンティン・タランティーノ監督もその一人で、自らサングラスをかけトレンチコートを着込み、爪楊枝を咥えて数日間過ごしたという逸話がある。ジョン・ウー監督にいたっては、自分が子供の頃に観てファンになった「小林旭」へのオマージュをチョウ・ユンファに投影したと語っている。
一方、チョウ・ユンファがかけたサングラスは、男たちの挽歌のストーリー背景を語る上で重要なアイテムになっている。この映画は1987年に公開されたが、続編として「男たちの挽歌Ⅱ(英雄本色Ⅱ)」「アゲイン/明日への誓い(英雄本色Ⅲ)」が制作された。マークは男たちの挽歌のクライマックスで繰り広げられる壮絶な銃撃戦で命を落とすが、チョウ・ユンファはパートⅡでマークと双子のケン役で再登場する。
アゲイン/明日への誓いは男たちの挽歌より時代を遡り、マークがなぜ闇社会に身を落としたのかを伝えるパートになる。つまり、「男たちの挽歌パート0」という設定だ。この作品では、パートⅠで製作総指揮だったツイ・ハークがメガホンを取っている。
舞台はベトナム戦争末期のサイゴン(現在のホーチミン)。マークは従弟のマイケル(レオン・カーウェイ)を政府軍の手から救い出すことに成功し香港に脱出するが、裏切りにあう…という筋書きだ。TBSドラマのふぞろいの林檎たちで俳優業を本格化させ、ドリンク剤リゲインのCMで人気を集め、最近は海猿や監察医朝顔などでバイプレイヤーぶりを見せる「時任三郎」も、闇組織のボス役で出演している。
サングラスはマークがマイケルや彼らを助ける現地の女ボス、キティ(故アニタ・ムイ)とサイゴンの街を遊び歩く中、露店で見つけて購入するもの。はっきり確認したわけではないが、ツイ・ハーク監督が時系列的にその後の展開(男たちの挽歌)との整合性を考えたのであれば、このサングラスは同一のものでなくてはならない。
パートⅠの大ヒットでパートⅢの脚本が後から書かれたにしても、サングラスはパートⅠでマークの個性を際立たせた。また、パートⅡではケンが凶悪組織との戦いに挑む際、マークへの弔いから形見である同じサングラスをかける。つまり、続編を制作するにあたり、サングラスは大事に保管されていたか、同じものがいくつも用意されていたわけで、演出の小道具として見事に大役を果たしている。
映画のストーリー上、サングラスはサイゴンの露天で売られていたのだから、出どころは米兵や軍関係者がベトナムに持ち込んだ無名ブランド、もしくは現地でコピーされた紛い物という設定だったと思う。デザインはレイバンのようなティアドロップ型ではなく、レンズが全体的に丸みを帯びて、智(ヨロイ)の部分が少し飛び出た形状だ。むしろ、チョウ・ユンファの顔立ちにはこちらの方が似合う。
しかも、あれほどの強烈なキャラクターを作り上げたわけだ。監督のジョン・ウーやツイ・ハークにとっても、小道具集めに奔走したスタッフにとっても、ブランド名などどうでも良かったはず。たかがサングラス、されどサングラス。当時の香港ノワールが映画づくりに邁進する中で、スポンサーからの商品提供をどれほど意識したのか。おそらく商業主義、昨今の中国マネーに毒されているハリウッド映画よりも控えめだったのではないか。
もちろん、映画制作は莫大な資金を必要とする。トップガン・マーベリックも然りだ。過去のミリタリー映画がファッションにも影響を与えているのは、プロデューサーは先刻ご承知のはず。ならば、大作の制作でファッションブランドのスポンサー獲得に動くのも当然だろう。それがマーベリックでは再びレイバンだったのか。もっとも、パイロット用に開発されたサングラスだから、演出の小道具というより教官であるトム・クルーズがかけた方が自然だ。
トップガン・マーベリックの公開により、再びレイバンのティアドロップがブームになれば、それはそれで良いこと。70年代の大流行を知る層には懐かしく、マーベリックでそのカッコ良さを知った層には新鮮だろう。むしろ、ファッションアイテムとしてのレイバンほどアイコン要らずのものはない。洋の東西を問わず、誰がかけても様になるからだ。
テレビ東京・ワールドビジネスサテライトのコーナーではないが、礼賛されるにふさわしい定番こそ、レイバンではないかと思う。さて、トレンドを生み出すと言われるブロガーやユーチューバーの反応はいかに。この夏、巷でどれほどレイバンスタイルが浸透するか、注視してみたい。
今回のトップガン・マーベリックでもヒットアイテムが出るのかと思っていたら、意外にもリバイバルしそうなのが「レイバン」のサングラスだ。起源は米国移民のドイツ人が創設した眼鏡メーカー・ボシュロム社に、陸軍航空隊の中尉からパイロットの目を守るためのサングラス開発が依頼されたことだ。そこで生まれたのがティアドロップ型のメタルフレームにモスグリーンのガラスレンズを入れた「アビエーター・モデル」である。
1936年、このモデルはクラシックメタルとして市販され、翌年には光線を遮断する意味の「Ray-Ban」というブランドが誕生した。日本では1945年、GHQの総司令官として厚木基地に降り立ったダグラス・マッカーサーがコーンパイプを咥え、そのサングラスをかけていたことで知られるようになった。その後、70年代にはミュージシャンなどがティアドロップ型をこぞって愛用し、一般にも広く浸透した。
前作のトップガンでもトム・クルーズがかけたためヒットしたと言われるが、一大トレンドということでは70年代の方が凄かった。さらにティアドロップには大きめのサイズ、ブリッジの上部に汗止めがついた「シューター」、脱落を防止するためにテンプルが耳たぶまでかかるタイプ等など、バリーエーションは豊富だった。レンズも濃霧対応の黄色など機能に応じたカラーが揃い、近視向けに度付きレンズも用意された。
トップガン公開と同時期の80年代にはセルフレームの「ウェイファーラー」1、2が流行し、90年代には映画マルコムXで主人公がかけていた「クラブマスター」が話題を呼んだ。そのどれもが今も市販されている。トレンドは繰り返すというが、レイバンもその最たるブランドだと思う。
もっとも、レイバンのサングラスはミリタリーがルーツなだけに機能性を最大限に高めたものだが、ブランドサングラスの多くがティアドロップ型を採用したのを見れば、レイバンがデザインの面で与えた影響は計り知れない。ファッションアイテムとしてこうも長く受け継がれているのは、デザインの黄金比率というか、不変のプロトタイプである所以だろう。
ベースは堀が深くて鼻が高い、頭蓋骨に奥行きがある欧米人に合わせてデザインされた。そのため、ベタっとした顔立ちのアジア民族には似合うはずもないのだが、日本人でもロン毛のミュージシャンがかけると、実にカッコよかった。70年代にはロンドンブーツ、パッチワークのジーンズと並んで、ファッションスタイルの三種の神器だったと言ってもいいだろう。
今回のマーベリックでは、トム・クルーズが再びレイバンをかけたことで、70年代ファッションや前作を知らない層が注目するようになっている。先日もとあるタレントが同映画を観て、ティアドロップ型をかけてみた印象をTwitterに投稿。「トム・クルーズではなく香港の映画俳優チョウ・ユンファそっくりになった」との自虐的なコメントがネットニュースに掲載され、いろんな番組でレイバンが取り上げられるきっかけとなった。
確かにベタベタな日本人がレイバンをかけたところで、欧米人のトム・クルーズに似ることはない。ただ、中華系のチョウ・ユンファは顔の骨格が日本人に近い。当該タレントも顔の輪郭というか、頬から顎にかけてのラインがチョウ・ユンファと同系なので、サングラスで目元が隠れると似てくるのは当然である。
強烈な個性を作り上げたサングラス
折角だから、チョウ・ユンファのサングラスについても論評してみたい。彼がサングラス姿で登場するのは、映画「男たちの挽歌(原題:英雄本色、英題:A Better Tomorrow)」である。香港ノワールの鬼才ジョン・ウー監督による贋札シンジケートを舞台にした作品で、チョウ・ユンファは闇組織の幹部、マークを演じた。映画の冒頭でマークは同じ幹部のホー(ティ・ロン)と刷り上がった贋札の出来をチェックし、札につけた火でタバコを蒸すシーンでは、サングラスをかけた顔がアップになる。
このスチール写真がビデオやサントラCDのパッケージで数多く露出したことから、世界中の映画関係者はもとより、映画ファンにも強烈なインパクトを与えた。あのクエンティン・タランティーノ監督もその一人で、自らサングラスをかけトレンチコートを着込み、爪楊枝を咥えて数日間過ごしたという逸話がある。ジョン・ウー監督にいたっては、自分が子供の頃に観てファンになった「小林旭」へのオマージュをチョウ・ユンファに投影したと語っている。
一方、チョウ・ユンファがかけたサングラスは、男たちの挽歌のストーリー背景を語る上で重要なアイテムになっている。この映画は1987年に公開されたが、続編として「男たちの挽歌Ⅱ(英雄本色Ⅱ)」「アゲイン/明日への誓い(英雄本色Ⅲ)」が制作された。マークは男たちの挽歌のクライマックスで繰り広げられる壮絶な銃撃戦で命を落とすが、チョウ・ユンファはパートⅡでマークと双子のケン役で再登場する。
アゲイン/明日への誓いは男たちの挽歌より時代を遡り、マークがなぜ闇社会に身を落としたのかを伝えるパートになる。つまり、「男たちの挽歌パート0」という設定だ。この作品では、パートⅠで製作総指揮だったツイ・ハークがメガホンを取っている。
舞台はベトナム戦争末期のサイゴン(現在のホーチミン)。マークは従弟のマイケル(レオン・カーウェイ)を政府軍の手から救い出すことに成功し香港に脱出するが、裏切りにあう…という筋書きだ。TBSドラマのふぞろいの林檎たちで俳優業を本格化させ、ドリンク剤リゲインのCMで人気を集め、最近は海猿や監察医朝顔などでバイプレイヤーぶりを見せる「時任三郎」も、闇組織のボス役で出演している。
サングラスはマークがマイケルや彼らを助ける現地の女ボス、キティ(故アニタ・ムイ)とサイゴンの街を遊び歩く中、露店で見つけて購入するもの。はっきり確認したわけではないが、ツイ・ハーク監督が時系列的にその後の展開(男たちの挽歌)との整合性を考えたのであれば、このサングラスは同一のものでなくてはならない。
パートⅠの大ヒットでパートⅢの脚本が後から書かれたにしても、サングラスはパートⅠでマークの個性を際立たせた。また、パートⅡではケンが凶悪組織との戦いに挑む際、マークへの弔いから形見である同じサングラスをかける。つまり、続編を制作するにあたり、サングラスは大事に保管されていたか、同じものがいくつも用意されていたわけで、演出の小道具として見事に大役を果たしている。
映画のストーリー上、サングラスはサイゴンの露天で売られていたのだから、出どころは米兵や軍関係者がベトナムに持ち込んだ無名ブランド、もしくは現地でコピーされた紛い物という設定だったと思う。デザインはレイバンのようなティアドロップ型ではなく、レンズが全体的に丸みを帯びて、智(ヨロイ)の部分が少し飛び出た形状だ。むしろ、チョウ・ユンファの顔立ちにはこちらの方が似合う。
しかも、あれほどの強烈なキャラクターを作り上げたわけだ。監督のジョン・ウーやツイ・ハークにとっても、小道具集めに奔走したスタッフにとっても、ブランド名などどうでも良かったはず。たかがサングラス、されどサングラス。当時の香港ノワールが映画づくりに邁進する中で、スポンサーからの商品提供をどれほど意識したのか。おそらく商業主義、昨今の中国マネーに毒されているハリウッド映画よりも控えめだったのではないか。
もちろん、映画制作は莫大な資金を必要とする。トップガン・マーベリックも然りだ。過去のミリタリー映画がファッションにも影響を与えているのは、プロデューサーは先刻ご承知のはず。ならば、大作の制作でファッションブランドのスポンサー獲得に動くのも当然だろう。それがマーベリックでは再びレイバンだったのか。もっとも、パイロット用に開発されたサングラスだから、演出の小道具というより教官であるトム・クルーズがかけた方が自然だ。
トップガン・マーベリックの公開により、再びレイバンのティアドロップがブームになれば、それはそれで良いこと。70年代の大流行を知る層には懐かしく、マーベリックでそのカッコ良さを知った層には新鮮だろう。むしろ、ファッションアイテムとしてのレイバンほどアイコン要らずのものはない。洋の東西を問わず、誰がかけても様になるからだ。
テレビ東京・ワールドビジネスサテライトのコーナーではないが、礼賛されるにふさわしい定番こそ、レイバンではないかと思う。さて、トレンドを生み出すと言われるブロガーやユーチューバーの反応はいかに。この夏、巷でどれほどレイバンスタイルが浸透するか、注視してみたい。