HAKATA PARIS NEWYORK

いまのファッションを斬りまくる辛口コラム

コットン好きの変節。

2024-11-27 07:13:02 | Weblog
 すでにご存知の通り、MLBの2024年ワールドシリーズは、LAドジャーズがNYヤンキースを4勝1敗で下した。一連のポストシーズンに出場する選手は、ディビジョンシリーズやリーグチャンピオンシップの段階から、胸元に各シリーズのタイトルロゴがプリントされた「フーディ」を着ている。広大な国土をもつ米国では相手チームの球場に長距離移動を強いられるから、これらのアイテムも急激な気温変化に対応しなければならない。そのため、フーディの素材や混紡率はどうなっているのかということだ。

 今年のナショナルリーグのリーグチャンピオンシップは、ドジャーズとNYメッツが対戦した。チームはそれぞれロサンゼルスとニューヨークが本拠地だから、米国の西と東約4000kmほどを行き来したわけで、試合を観戦するファンの服装を見ても両本拠地の気候の違いがはっきりと見て取れた。ワールドシリーズもドジャーズとヤンキースの対戦になり、ロサンゼルスで観戦するファンが至って軽装なのに対し、ニューヨークではしっかりアウターを着込んでいた。ファンの服装を見ると、気温差があるのが明らかだった。



 ロサンゼルスの10月の平均気温は19.5℃で、11月は同16.7℃。リーグチャンピオンシップが開催される10月末は間をとって18.1℃とした場合、体感的には肌寒いとまではいかない。ファンの格好も薄着の人はTシャツ、重ね着した人でも応援用のユニフォーム程度だった。ところが、ニューヨークは10月の平均気温が18.9℃だが、試合が開催される夜間は気温が約10℃程度まで下がる。ファンがフーディの上にスタジャンなどを重ね着していたのも、それだけ寒いからだ。むしろ、選手の方が体温調整は大変ではなかったかと思う。

 試合中、ピッチャーは投球で運動量が多いため、トップスは半袖のユニフォーム1枚か、その下にアンダーシャツを着る程度。野手にしてもユニフォームとアンダーシャツと軽装だ。しかし、ベンチで試合を見つめる控えの選手は、ほとんどがフーディ姿だ。これはTVカメラが時々選手の様子を映し出すため、シリーズという興行をアピールするロゴ入りのアイテムを着るレギュレーションだからというのは理解できる。だが、選手自体がアウターを着込るのは、いつでも試合に出られるよう体を冷やさないためだと思われる。

 そこでフーディの素材や混紡率についてである。あくまでテレビを通じて見た印象なのだが、表面には光沢があり、素材も柔らかそうなのでコットン100%というより、ポリエステルがかなり混紡されているのではないかと感じた。厚みは10~12オンスくらいか。スポーツウェアなので裏パイルか、裏起毛の処理が施され、吸汗と保温の両方の機能を備えているはずだ。選手各自に何枚支給されているかはわからないが、着用後に洗濯し翌日の試合に備えることを考えると、速乾性も必要になる。



 サプライヤーは胸元のロゴマークからナイキだとわかった。サイトで調べると、「Los Angeles Dodgers 2024 World Series Authentic Collection」「Men’s Nike Therma MLB Pullover Hoodie」という、選手が着ているものと同じアイテムがヒットした。価格は$85で、日本円に換算すると11月2日のレートで1万3000円程度だから、レプリカではなく選手と同じものだろう。ドジャーズ用は優勝が決まった時点でSold Out。ディテールを見ると、素材はポリエステル100%と表記されていた。



 商品説明には、「フーディは汗を逃がすテクノロジーと高性能素材を組み合わせて、チームがコミッショナーズ トロフィーを目指して競い合うときに暖かく快適に過ごせるようにします」とある。メリットには、「Nike Therma ファブリックが暖かさを保ちます。Nike Dri-FIT テクノロジーが肌から汗を逃がして蒸発を早め、ドライで快適な状態を保ちます」と記されている。ナイキが開発した素材「Therma(therm=熱の意)」が保温性を高め、汗をかいても水分を逃がしてすぐに乾く機能を持つと謳われている。



 実際にフーディを着た選手の印象はどうだったのか。多分、無償提供を受けているはずだから悪くは言えないのは割り引いても、ナイキが素材開発や機能アップに注力した以上、試合でベストパフォーマンスを上げるためのウォームアップ用としては十分だったと思う。ちなみにヤンキースバージョンも、チームのカラーとロゴが違うだけで、素材も機能も同じ。こちらは11月2日現在で、完売はしていない。優勝できなかったことも要因の一つだろう。ただ、Big Kids=年長の子供向けは、素材がコットン80%、ポリエステル20%の混紡になっている。ポリエステルの比率を2割まで下げたのは、子供を含め敏感肌には合繊オンリーは厳しいと認めているようなものだ。

 かつて「米国人は冬場でも綿製品を好んで着る」という話を聞いたことがある。確かに筆者がニューヨークにいた1990年代半ば、真冬のマンハッタンでもコットン素材で厚手のスウェットフーディの上にダウンジャケットを羽織る人々を数多く見かけた。日本のようにインナーにウールのセーターを着ることはなかったようだった。ウールを着ている人でも、それはアウターのジャケットか、コート。米国では肌に近いまたは直接触れるアイテムは、天然素材のコットンを好んで着る、そんな服飾文化が浸透していたのかもしれない。



 と言っても、極寒のニューヨークではそうはいかない。真冬はマイナス20℃くらいまで気温が下がるからだ。いくら肌触りのいいコットンが好きと言っても、下着にも何らかの保温効果のあるものが必要になる。昭和世代の日本人なら誰もが知っている「ラクダのももひき」だ。実を言うと、米国にもラクダの毛を使用したものではないが、肌に優しい天然繊維のカシミア素材などを使った保温性下着があった。1990年代、このシーズンになるとニューヨークポストのようなタブロイド紙には、保温性下着の通販チラシが折り込まれていた。

 チラシにはファミリー役の男性、女性、子供が下着を着た写真が掲載されていたが、下着は上に着るシャツの襟やパンツの裾から見えないよう首周りを大きく裾を短くした仕様で、デザイン的にも野暮ったくならないよう工夫されていた。保温性を保ちながら、ファッション性にも配慮する。当時はヒートテックといった合繊素材で格安かつ保温機能を持つ下着はなかった。だから、カシミアのような高級素材が使われた下着は価格も高く、購入者もマンハッタンのオフィスに勤務するホワイトカラーの家族が主体だったと思われる。

 低所得のブルーカラーが高額な下着に手が届くはずもない。厚手のコットンを使ったフーディの上にダウンを着ながらも寒そうにしていたのは、米国の社会階層からわかる気もする。ただ、ビジネスとして考えると低所得者の方が圧倒的に多いのだから、素材が豊富に入手できて価格が抑えられる素材が主力になるのは当然だ。1990年代は綿糸が今ほど高騰してはいなかったため、スウェットのフーディは手頃なアイテムだった。コットン素材の裏側を起毛させた厚みのある生地にし、空気を取り込み保温性を高める裏起毛、いわゆる裏毛によって冬場でも着られるようにしていたのである。


綿100%でも保温性は高められる

 あれから約30年、日本はずっと暖冬が続いている。ただ、寒冷地では重ね着せず一枚ものでも寒さを凌げる衣類が必須だ。極寒にはコットンの裏毛くらいではとても保たない。スポーツメーカーがスキーなど冬季競技のインナーウエアとして保温性のある下着を開発していたが、販売先はスポーツ店に限られたことから、メジャーにはなり得なかった。そこに目をつけたのがユニクロだった。素材メーカーと共同で機能性下着を開発し自前の店舗で売り出せば、価格も下げられきっとメジャーになるはず。思惑は的中した。それがヒートテックだ。

 コットンの裏毛はアンダーウエアにはなり得ない。アイテムはスウェットのフーディやトレーナーだから、防寒にはアウターが必須になり、どうしても着膨れして見えてしまう。ヒートテックは薄手の下着にもかかわらず保温力があるため、上の厚着を抑えられる。ファッション的にもすっきり見える。それもヒットした要因だろう。もちろん、ナイキのようなスポーツメーカーも機能性ウエアを見逃すはずはない。契約選手のモニタリングを通じて様々な機能を付加するために商品開発に注力したわけだ。

 2000年代はスウェット素材、コットンの裏毛に代わる保温性をもつ素材がトレンドになったと言える。特にスポーツウェアでは、選手がかいた汗をを蒸発させて、素材を素早く乾かす機能が求められる。また、冬場のウェアには汗を逃すが、熱は逃さないことも条件となった。各メーカーで素材の名称は異なるが、機能性ウェアはユニフォームの枠を外れたジャージなどにも取り入れられていった。



 今年のMLBワールドシリーズで、ナイキが提供したNike Therma MLB Pullover Hoodieも、その一つと言える。選手が試合中に着るのだから、Nike Dri-FITの汗を逃がして蒸発を早め、ドライで快適な状態を保つことが最優先される。もちろん、サプライヤーとして両チームに提供した応分のコストは、一般に量販することで回収する。それが2024 World Series Authentic Collectionだったわけだ。優勝したドジャーズ版はSold Outしたのだから、十分に元は取れたと思う。

 ただ、一般のファンがWorld Series Authentic Collectionのフーディを購入したのはドジャーズ優勝が理由で、機能性素材に惹かれたわけではないだろう。米国人の好みからすれば、ポリエステルよりもコットンではないのか。それとも、コットン嗜好も素材トレンドの変化とともに変わってしまったのか。一般の人々がカジュアルウェアとして着る分には、Dri-FITのような機能が必要なのか。また、Nike Thermaよりコットンスウェットの裏毛で十分な気もするが、どうなのだろう。

 ここからは個人的な意見として述べてみたい。この10年ほどでスウェットのフーディやトレーナーにも、合繊の比率が高まっている。これは果たして機能性素材のトレンドをくんだものか。それとも、価格ダウンとコスト圧縮のために使用する綿糸を減らす、またはカットする目的からか。各社がこの秋冬に販売するスウェットアイテムから混紡率を比較してみよう。




 ユニクロ スウェットプルパーカ 本体: 100% 綿 スウェットパンツ 本体: 88% 綿, 12% ポリエステル
 無印良品 スウェットプルパーカ 本体: 52% 綿, 48% ポリエステル スウェットワイドパンツ 本体: 52% 綿, 48% ポリエステル
 グローバルワーク 上品スウェットパーカー ポリエステル90% ポリウレタン10% 上品スウェットパンツ 本体:ポリエステル90% ポリウレタン10%
 ギャップ Athleticロゴ パーカー コットン 77%, ポリエステル 23% GAPロゴ ジョガーパンツ コットン 77%, ポリエステル 23%

 大手SPAではざっとこんな感じだ。ユニクロはスウェットのパーカこそボディは綿100%だが、パンツでは合繊の比率が12%になる。無印良品はさらに増えて綿と合繊はほぼ半々。アダストリアのグローバルワークは完全に合繊オンリーだ。逆にグローバルブランドでコットン100%はH&Mが一部で投入しているが、レビューを見ると「生地が薄い」との書き込みがあった。ファストファッションだけにこれはコスト削減が理由と見られる。

 他では「ユナイテッドアスレ」や「プリントスター」がコットン100%を採用するフーディやパンツを揃えている。両ブランドはプロモーションやイベントなどのプリントに対応するため、生地の薄厚や色のバリエーションが売りになっている。一方、ファッション性を優先し、値頃感のあるブランドではコットン100%の裏毛素材は、企画するところが少なくなっているようだ。ただ、合繊混紡の方が冬場の保温性がアップするかと言えば、一概には言えないような気がする。




 筆者が10年前に購入した無印良品のジップアップスウェットは、12オンスほどの肉厚で裏毛仕様。本体は綿100%である。合繊が混紡されていないにも関わらず、ポカポカして非常に保温性が高い。しかも、コットンオンリーだから心地よく、屋外のランニングから室内のトレーニング、街着、室内着とオールマイティに通用し、現在も着用している。購入したのは日本の店舗になるが、商品タグには[US]MUJI U.S.A LIMITED http:www.muji.usと表記されているから、米国企画のアイテムなのかと思う。

 この頃までの無印良品では、衣料品には綿などの天然繊維が使われることが多く、質感も非常に良かった。ジップアップスウェットはその典型だ。表示されているように米国向けの商品として企画したのなら、やはり米国人のコットン好きに合わせたのかもしれない。だが、その後の無印良品では素材トレンドの変化や綿糸価格の高騰の影響からか、コットン100%のスウェットはすっかり影を潜めている。そんな変節ぶりを当の米国人はどう思っているのだろう。ポリエステル100%のMLB Pullover Hoodieが売れているところを見ると、米国人も合繊オンリーといった素材変化を許容し始めているのか。

 筆者は別にアメカジ心酔派でも、アスレジャーのヘビーユーザーでもない。ただ、かつての米カジュアルに使用されていたコットンのざらっとした風合いや、洗う度に粗野になっていく感じは嫌いではない。あれこそアメリカンコットンの良さなのだ。さらにコットン100%はリサイクルもしやすく、SDGsの流れにも合致する。かたや日本は夏日が3シーズンにもわたるほどの異常気象が続いている。コットン100%のスウェットはもう通年で求められるのではないだろうか。変に機能性ウエアに固執するよりも、綿オンリーの方が受け入れられる環境になっているような気がするが。
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領域から抜け出す。

2024-11-20 07:25:32 | Weblog
 10月の初め、繊研PLUSに以下のような記事がアップされた。愛知県岡崎市の広告制作会社の「虹男」と東京都国立市の縫製工場の「オフリヤ」がユニセックスのアパレルブランド「NOケア」(エヌオーケア)を立ち上げたというものだ。業界で有名なグラフィックデザイナーとアパレルメーカーとのコラボならありがちだが、地方拠点の広告会社と一介の縫製工場がタッグを組むという点では、異例のケースと言えるだろう。



 NOケアは「人にやさしい衣服作り」をコンセプトにしたコットン100%の「血行促進ウェア」。8月にSNSを中心とした販促を始め、ECサイトで第1弾のTシャツ(税込み9900円)を発売した。Tシャツで1万円は高額と言えるが、細部へのこだわりがあるからだ。まず、シルケット加工をした綿100%の丸編みを採用し、滑らかな肌触りを追求した。サイズはS、M、L、XL、Mショートの4サイズ展開。身幅を大きめにして着たい時にだらしく見えないように、身幅はM、L、XLでもそれぞれ丈は短めにした。

 エヌオーケアのロゴはTシャツの背面ネック下に刺繍されている。しかも、刺繍は別布に施し、それをTシャツ背面に縫い付けるという凝った仕様。Tシャツの生地にそのまま刺繍すると糸が首下の肌と擦れるため、そうならない配慮だとか。広告会社の発想なら、白地のTシャツを差別化するにはオリジナルロゴをつければいいとなる。そこに縫製工場が関わったことで、ロゴを刺繍した生地を縫い付ける二重構造にすれば、もっと上質感が出せるとなったわけだ。まさに協業共作による産物と言える。

 そして、温泉由来のミネラル成分を使った「イフミック加工」の採用。これは大阪市のイフミックウェルネスが加工した製品を体に近づけると血中の一酸化窒素(NO)が拡散し、血管拡張による血行促進効果が期待できる機能を利用したもの。加工の対象となる製品は、化繊も天然繊維も問わず、噴霧するだけで効果を発揮するという。血行促進を謳う製品ではポリエステル製が多いが、天然繊維100%はNOケアのみということで、差別化できると考えたとか。着た人が血行促進を実感できれば、1万円は安いのかもしれない。



 広告制作との協業では、もう一つ事例がある。こちらは広告制作会社に勤務するコピーライターとグラフィックデザイナーがテキスタイルプロジェクト「scale」を立ち上げ、群馬県桐生市の織物メーカー「須裁」が協力したものだ。二人は同社がもつ二重ジャガード織の技術を使用して、海中を泳ぐ魚の鱗のような織物を表現した。糸へんに門外漢のコピーライターやグラフィックデザイナーが鱗や織物に注目したのは、遠い昔、陸に上がる前の生き物が身に纏っていた(鱗)という点。それを創作活動の延長線上で、織物に表現できるのではないかということだった。

 おそらく糸についても、織りについても全く知らないことばかりだろうから、メーカーからノウハウを学びながら、プロジェクトを進めていったはずだ。まず、糸を1本ずつ織り込み、美しい色を出していく。そして、ジャカード織の技術を利用することで、魚のうろこが水面の揺らぎの中で光を反射させながら輝く様を表現しようとした。2種類を開発し、あえて波状の模様がでる「モアレ」にする二重織に。緯糸の配色と織り組織を工夫することで色合いを変化させ、1本の糸を染め分ける絣(かすり)糸を用いて、稚魚のみずみずしい鱗をイメージさせたテキスタイルとなった。

 コピーライターは別にしても、グラフィックデザイナーは仕事上、紙の上ではいろんな色彩表現を行なっている。配色はアナログの時代からCMYK4色(C:シアン=青、M:マゼンタ:赤、Y:イエロー=黄、K:黒)のパーセンテージの掛け合わせで決まる。例えば、緑色にするにはC100%、Y100%と指定し、どちらかのパーセントを下げれば、黄緑、または青緑となる。カラー印刷ではCMYK(BL)4色の「アミ点」で再現され、それぞれ4つの版が重ね刷りされることで、カラーや写真が仕上がるのである。

 当然、写真やイラストの濃淡(明暗)は、アミ点の大小によって表現される。明るい部分のアミ点は小さく、暗い部分のアミ点は大きく、ほとんどつぶれかかっているという感じだ。2枚のアミ点を重ねると、角度によっては微妙な模様が浮かび上がる。これがモアレだ。人間の脳はモアレを見ると幻惑し、正しい像として認識しづらい。そこで、4つの版を重ねるカラー印刷でK75%に決めたらMを45%、Cを15%に置き、その間にYを置くなど、色別のフィルムの角度を変えてアミ点を目立たなくし、モアレが起きないようにしている。

 グラフィックデザイナーならこの原理は知っていて当然だ。テキスタイルでも同じで、モアレが出る生地は服には向かないと言われる。だが、今回のテキスタイルプロジェクトでは、それにあえてチャレンジしたところは評価できる。9月に東京で開催した展示会では、来場者から「テキスタイルでこんな表現もできるのだ」との垂涎の声が上がった点を見ても、糸へんに門外漢のクリエーターが生地作りに参画するのも一つの手ではないかと思う。


クリエイティブワークは発想を変えることから



 筆者はグラフィックデザイナーと仕事をすることが多かった。ただ、1990年代までのグラフィックデザインは、属人的な職人気質やアナログな手作業が得てして作品の良し悪しを決めた。イラストレーターが筆やペンを使って繊細なタッチの絵を描くように、グラフィックデザイナーも鉛筆、ペン、筆、カラス口を使用して様々な線を引き、サインペンやポスターカラー、パントーンなどでベタ面を着色していた。コピーのトナーに反応するカラーの転写シートがデビューするのは1987年頃で、デジタルの普及は90年代に入ってからだ。

 だから、PCのMACやAdobeのソフトを使用するまでは、曲線を綺麗に描ける、エッジを際立たせる、隅々まで細かく着色できる、ホワイトスペースを生かせる、フラットに見えなくするなどが、デザイナーのセンスや能力を判断する指標だった。当時のグラフィックデザイナーは美術大学やデザイン専門学校の出身者はそれほど多くなかった。高卒でそのままデザイン事務所に入ったり、印刷会社の工務スタッフからの叩き上げなど、徒弟制度で技術を磨いた人が多数を占めたことも、そうした背景にはあったと思う。

 筆者も大学時代にダブルスクールでグラフィックデザインやコピーライティングを学んだが、彼らの方が年齢は少し上で、仕事でははるかに経験豊富で、技術の面でも修練されていた。だから、こちらが発注側でも、打ち合わせの要領や作業の手順、スケジュール、ギャラは、彼らのペースや心情を慮りながら考えていた。彼らから得るものは非常に多かった反面、もう少し頭を使って、効率良く仕事をしてもいいのではないかと思うことも多々あった。



 広告制作におけるグラフィックデザインは、最終的には新聞広告、駅貼りや中吊りのポスター、カタログやパンフレット、DM、チラシなどで、イラストレーションの発注や撮影のディレクション、版下データの制作を経て印刷入稿を行い、各媒体を創り上げる作業になる。それぞれの制作物はアパレルのように商品としての換価価値をもつのではなく、別の対象物=商品やサービスの販促ツールとして機能するに過ぎない。つまり、広告制作におけるグラフィックデザインは、あくまで商業デザインの一部だった。

 一方、アパレル業界が制作するパンフレットやDMは違った。こちらはブランドバリュの向上に役立てるツールではあるが、それ自体が商品同様に高い価値を持つ。お客さんはDMをもらうだけで、商品を買わずともテンションが上がった。その意味では単なる印刷物ではなかった。ロゴデザイン、商品やモデルの写真、レイアウトや色使い、印刷する紙や封筒の質感等など。それぞれがブランドの価値を決め、イメージアップと売上げを左右する。どれも手を抜くことはできない。広告の印刷媒体もデザイン作業を行うのは同じだが、媒体の使用目的が異なることもあり、媒体の価値はアパレルとは次元が違ったのである。

 アパレルでDMやカタログを制作していたため、ある時、デザイナーに話したことがある。「グラフィックデザインも、絵画や漫画と同じように商品として販売できるものが作れないか」と。すると、彼は「考えてはいます。ビッグイベントや有名ショップのグッズとして、ブロックメモを制作して販売するのはどうかと。用紙1枚1枚の平面か、重ねた紙の側面にロゴマークを印刷すれば、アピールにもなります」と、語った。当時、市販のブロックメモはあったが、ブランドバリュをあげるためのPBグッズはなかった。

 紙を中心に活動していたグラフィックデザイナーだけに、商品企画の発想も紙からは抜けきれなかったようだ。その時、こちらが「グラフィックの発想を洋服生地のデザインに生かせないかな」と言うと、彼は門外漢というか、異業種の領域には踏み込めないようで、キョトンとした表情を示すだけだった。ブロックメモについては、確認したわけではないが、バブル期には顧客向けのノベルティとして制作され、無償で配布したブランドなどがあったかもしれない。ただ、その後にバブル景気がはじけたこともあって、PBグッズとしてのブロックメモが広がることはなかった。



 現在、ブロックメモは100円ショップにも揃い、上端に糊がついた付箋までが格安で販売されている。パッド系メモ用紙ではRHODIA(ロディア)のようなブランドもある。わざわざ企画するには紙質に凝ったりなど、よほどの仕掛けを考えないと競争力を持つ商品にはならないだろう。そんなことを考えていると、You-Tubeで、用紙1枚1枚に施されているミシン目のラインが違うため、紙を使っていくうちに中から精巧な模型が現れるブロックメモを見つけた。商品名は「OMOSHIROI BLOCK 」という。

 商品は完売しているものもある。話題のきっかけになったのは、観光地の「清水寺」をはじめ、ピアノや雷門など22種類。制作したのは建築模型など様々なデザインを手がけるトライアードの川嶋さん。シンプルな形のブロックから紙を1枚ずつ引いていくことで、どんどん形が変化していく。まさかこれが出てくるのかという驚きがあるものを作れたらいいなということから開発に取り組んだとか。発想の原点は建築模型の内部を見せるため、紙を重ねて形を作る製法だった。模型製作の技術を駆使して紙を1枚ずつ機械で切り取ってから、手作業で組み上げていくものだ。



 切り抜いた紙1枚1枚は切り絵のようにグラフィックになるが、それらを重ねることで立体的な造形を創るには建築の知識が必要になる。平面の2次元から空間の3次元、いわゆるスペースデザインの領域である。つまり、自分が行なっている仕事の領域から一歩抜け出して発想してみることが、新たな商品を生み出すことになるわけだ。現在はデジタル技術が普及しているので、フラットの紙1枚1枚のミシン目を少しずつずらして施すことも、パソコンでデータを作れば機械が自動的にやってくれる。そこはアナログ時代とは違うからコストも手間も下がるだろう。

 その意味で、グラフィックデザイナーがテキスタイルデザインに挑戦するのは、決して無謀なことではないと思う。筆者が1980年代から思っていたことを実際にグラフィックデザイナーとコピーライターがプロジェクトにしてくれたことはリスペクトしたい。

 繊維業界、特に生地作りは海外生産に押され、厳しい環境にある。だからこそ、門外漢というか、異業種の人間の発想でテキスタイルデザインの表現に新風を巻き起こすことも必要だと思う。いろんなクリエーターが業界の垣根を越えて、商品作りに取り組むことが活性化に繋がるのは間違いないと思う。

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もたれ合いが元凶か。

2024-11-13 06:46:01 | Weblog
 360億円もの有利子負債を抱えた鹿児島の百貨店、山形屋。5ヵ年の事業再生計画案では、負債360億円のうち、借入金を株式に転換することで債務を減らすDES(デット・エクイティ・スワップ)で40億円、借入金を劣後ローンに交換するDDS(デット・デット・スワップ)で70億円を調達。残り250億円については返済を5年間猶予することになった。

 再生計画を主導したのは、山形屋のメーンバンク、鹿児島銀行。同行は熊本の肥後銀行など23社で構成する九州ファイナンシャルグループの一員でもある。同グループの笠原慶久社長は5月の決算発表で、「山形屋は鹿児島の中核企業であり、鹿児島銀行がメーンバンクとして、これまでもこれからもしっかり支援していく」と、述べた。再生計画に打ち出された中期事業計画では、運営効率化とガバナンス強化、店舗活性化、業務改革が柱となった。あれから5ヶ月、店舗活性化の第1弾がいよいよ動き出した。



 山形屋1号館西側に位置する2号館の5階部分、約400m2のスペースに家電量販店の「エディオン」と、文具店「丸善」をテナント誘致したのがそれだ。両店とも百貨店の客層に合わせて高級品主体のラインナップとした。エディオンは売場面積約250m2で約1500アイテムに絞り込み、高級炊飯器やブランドトースター、マッサージチェアなど全てが高価格帯とした。カウンターにはスタッフを常駐させ、来店する高齢者などにゆっくり接客できるように配慮。郊外店と一線を画す品揃え、接客サービスが売りだ。



 丸善は約150m2に約15000アイテムを揃えた。こちらも万年筆や東京銀座の鳩居堂が扱う便箋など、百貨店の客層に合わせた。2号館には以前にも山形屋のグループ会社が運営する文具店があり、別フロアには家電売場もあったが、5階に集約した形だ。テナントに切り替えたのは、取り扱い商品のグレードが上がることで、集客に貢献できて収益改善につながるとの目論見。ならば、もっと早くから手をつけるべきだったはずだ。店舗活性化が緒についたというより、まだまだ手探りの状態ではないかと思う。

 山形屋は2014年2月期から23年同期までに販管費を118億5,800万円から84億3,500万円まで、30%近く削った。にも関わらず、売上高はこの9年間で24%も減少し、粗利益率も14年2月期に25.46%だったものが、22年2月期は22.68%と8年前比で2.78ポイントも悪化している。粗利益率が下降し続けたのは、メーカーの派遣社員による「委託販売」の売場が増えたためだ。今回、店舗の一部をテナントに切り替えたのは、山形屋が収益を上げるには直営や委託販売ではなく、「歩率家賃」しかないとの結論に行き着いた結果だろう。今後もテナントが増えていくと考えられ、小売業から不動産業への脱皮が再建の軸になるのは間違いない。

 また、9月には店舗の活性化と業務改革を目的に「山形屋アプリ」を導入し、デジタル活用にも踏み込んだ。アプリ会員にお得な情報を提供しながら、会員情報を一括管理してマーケティングに生かす狙いのようだ。ただ、中高年主体の顧客がどこまで山形屋アプリを使いこなせるかは全くの未知数。また、双方向のデジタルコミュニケーションで本当に顧客ニーズを引き出し、それをテナント誘致に活用できるかはわからない。どちらにしても、デジタル部署の運用力がカギを握ると言っていいだろう。

 すでに持ち株会社の山形屋ホールディングスが設立され、取締役会長には鹿児島銀行の関連会社から中元公明社長が就任している。このほか鹿児島銀行から1人、東京のファンド運営会社の1人が経営陣に名を連ねるが、代表取締役社長には山形屋の岩元純吉会長、取締役にも同岩元修士社長がスライドするなど、ガバナンス面での緩みが懸念される。経営陣にトップセールスをかけるほどの覚悟があり、地方百貨店に出店しようというテナントをどこまで開拓できるか。2022年に開業した「センテラス天文館」は2年目で、業態転換も含め23店を入れ替えたほど。他社が苦戦する間にいかに攻め切れるか。経営陣の本気度が試されている。

 もっとも、鹿児島市の中心部では再開発が進む。2021年6月にはJR鹿児島中央駅前に鹿児島中央タワーが完成し、1階から7階に大型商業施設「Li-Ka1920」が入居。ニトリやダイソー、ヤマダ電機の他、飲食やドラッグ、コンビニなどが出店した。加治屋町1番街区では複合商業施設の建設計画があり、中央駅西口地区でも再開発が進んでいる。商業施設は増加しており、競争は激化の一途を辿る。当然、テナントの奪い合いは熾烈を極めるわけで、百貨店の顧客に合うものが残っているかは不明だ。有力テナントを誘致するにも、新たなサービスの提供するにも、山形屋を取り巻く環境を考えるとそう簡単に行くとは思えない。


メガバンク撤退が意味するもの



 そんな状況下で、金融機関の間で温度差が露呈している。支援に当たるのは鹿児島銀行を含め全部で17行あるが、事業再生ADRの成立からわずか1ヶ月後の6月28日、三菱UFJ銀行が事業再生にも加わったファンドの「ルネッサンスキャピタル」に貸出債権を譲渡。7月10日には三井住友銀行も続いた。譲渡先は同じくルネッサンスキャピタルだ。さらに7月30日にはみずほ銀行が「AYH・アセット・マネジメント」なる会社に債権を譲渡した。メガバンク3行が相次ぎ事業再生から撤退したのである。

 貸出債権を譲渡した理由は何か。一つはメガバンクが山形屋の経営再建に関与しないことを意味する。再生計画案は山形屋のメーンバンクである鹿児島銀行が作成し、持ち株会社にも経営陣を送り込むなど主導的立場にある。もちろん、融資、貸出債権の額はダントツだろうから、当然と言えば当然だ。つまり、そこまでの貸出規模でないメガバンクにとっては、これ以上関わっても余りあるリターンは望みにくいわけだ。また、地方百貨店に過ぎない山形屋が再建できて再び融資できる環境になるかは、未知数ということもある。

 二つ目はリスクヘッジだ。メガバンクとしては山形屋の債権を保有しても資産運用の最適化からすれば、それほどのメリットはない。万が一経営再建が頓挫した場合、融資が焦げ付き不良債権化するリスクがある。ならば、早いうちに譲渡した方がそれを回避できるわけだ。むしろ、リスク承知で出資をするなら、ジリ貧の地方百貨店より最先端半導体の方が経済的な合理性がある。すでに前出の3行は出資に動いている。国もTSMCやラピダスを支援しており、メガバンクとしても政府の債務保証に期待できるとの読みもあるだろう。

 山形屋の経営再建は、メガバンクの撤退で地元銀行団が担うことになる。「事業再生にはスピードが不可欠」「悠長な地方気質ではダメだ」「いざとなれば創業家にも去ってもらう」など、口うるさく言うであろうメガバンクが退いた。ただ、ファンドへの債権譲渡が再生計画に迷いをもたらすとの見方もある。銀行団は内心ほっとしているだろうが、それでぬるま湯体質に陥るのなら、ドラスティックな構造改革が骨抜きになる。東京や大阪のように大手百貨店どうしが熾烈な競争を続けているのとは次元が違うからだ。

 地元銀行団には信用金庫や信用組合も含まれる。これらの財務基盤は銀行ほど強固でなく、低金利の長期化と地域経済の低迷の影響で、経営は盤石な状態とは言えない。それでなくても、中小企業のコロナ倒産が増加中で、その多くが店じまいという清算型処理になっている。同処理は債務超過になると、融資はカットされて貸した金を回収できないため、金融機関の体力が削がれてしまう。信用金庫や信用組合が山形屋だけに関われない状況になれば、支援体制にも支障が出かねない。

 新たな顧客開拓。歴史的店舗の再活用。地域一体開発で相乗効果。デジタルによる稼ぐ力の構築等々。専門家や大学教授は口々に事業再生の手法を列挙する。しかし、山形屋を取り巻く環境を考えると、どれをとっても実現のハードルは高い。若者など若年層を開拓するなら、とうにやっていたはず。インバウンドもブランドが充実する大手には勝てない。歴史ある建物で何を買い物するのか。地域一体開発はセンテラス天文館の惨状が暗い影を落とす。デジタルにしても買取商品でなければ、自由に売ることはできない、等からだ。



 そもそも第1弾の再建策からして、高級家電や逸品文具が飛ぶように売れるかと言えば、そんなことはないだろう。当然、稼ぎ頭にはならないから収益アップは限定的だ。さらにアパレルなど新規顧客を開拓できるテナントの導入が店舗活性の第2弾になる可能性も低い。高級で高感度のブランドは出店先を選ぶ。2024年1月〜7月に訪日客が使用したクレジットカードの金額(三井住友カード調べ)は19年同月比で、鹿児島はわずか3.2%増。福岡87.6%増、佐賀88.5%増に遠く及ばない。スーベニア商材の企画やデジタル整備の遅れが考えられる。まして百貨店経営に全く素人の地方銀行が足元のマーケットを読んで、稼げるテナントを誘致できるかは甚だ疑問だ。

 事業再生が計画通りに進まなければ、さらなるリストラや不採算店の閉鎖は避けられない。さらに一歩踏み込んでスポンサーを探して業務提携するとか、店舗を解体し再開発ビルを建設することも再生計画の俎上に上がることが考えられる。少なくとも地元銀行団はガバナンスを一層強化し、財務の透明性を確保しなければならないのだが、持ち株会社の経営陣に山形屋の岩元純吉会長、同岩元修士社長が居座ったのはどうなのか。これでは経営責任をとったことにはならず、創業家による支配の構図が色濃く残ることもあり得る。

 山形屋は2024年6月決算(単独)で、売上高は前期比2・5%増の162億円、営業利益が1億円(前期は2億円の赤字)と4期ぶりに黒字化した。しかし、最終利益は支払利息の増加などの影響で6億円の赤字(前期は7億円の赤字)と、依然として苦しい状況には変わりない。有利子負債が360億円にも膨れ上がるまで、何ら手を打たなかった創業家の旧経営陣の責任は重い。にも関わらず、銀行団からは「山形屋は鹿児島の老舗の百貨店で、地域に無くてはならない存在」という声が上がる。

 360億円もの借金漬けにしておきながら、どの口が言うのかである。さらに新聞広告やテレビスポットなど莫大な広告収入があるからといって、放漫経営を見て見ぬふりをしていた地元メディアは許されるのか。地方の老舗企業と金融機関、そしてメディア。三方が長期にわたって持ち上げ、自己満足に浸っていただけではないのか。どこの地方にも見られるもたれ合いの構図が浮かび上がる。それが山形屋を苦境に追い込んだ元凶であることは否定できない。関係を断ち切ることが再建の第一歩だと思うのだが。果たして。

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無いものを作る。

2024-11-06 07:12:19 | Weblog
 今から15年くらい前だったか。カジュアルファッションは、急激なグローバル化とナチュラルモードに振れ、それまでのジーンズ主体のスタイルが急激に凋落していった。回復する兆しは一向に見えない。ジーンズカジュアル店のライトオンがワールド系の投資会社の傘下入りしたしたが、抜本的な改善策は見通せず、経営再建が容易ではないことを象徴する。代わって台頭しているのが、アップルのスティーブ・ジョブスが着こなした「ノームコア」とスウェットパンツなどをタウンに着用する「アスレジャー」だ。

 中でもアスレジャーは、アーバンスポーツウェアというカテゴライズでも伸びており、スポーティーなテイストはアメカジを駆逐してすっかりマーケットを形成したように感じる。主力アイテムの一つがスウェットの「パーカ」だ。2010年代以降は、ラグジュアリーブランドがストリートファッションとの融合で高級素材を使ったものを売り出したり、カジュアルSPAからファストファッションまでが定番アイテムに仕立てたりと、市場に溢れている。



 今やストリートファッションの定番アイテムとなったスウェット素材のパーカは、正しく「フード付きのスウェットシャツ」を意味する。フランス語ではCapuche(女:カピュッシュ)、またはCapuchon(男:カピュション)と表記。最近ではフーディ(Hooded Sweatshirt、フーデッドスウェットシャツを省略したもの)とも呼ばれる方が多くなった。だから、当コラムでもフーディという表記で統一する。

 暖冬が続いているので、正式には本格的な防寒着を指すパーカ(毛皮を用いるようなもの)は、九州のような南国では求められない。逆にスウェットのフーディは少し肌寒くなった日からレザージャケットを重ね着すれば真冬、コートのインナーアイテムとして春先までほぼスリーシーズン着ることができる。そのためか、生地は初夏でもいける8オンス台のものから12オンス以上のヘビータイプまでと様々だ。素材もポリエステルやポリウレタンなどの合繊、吸湿性を重視した綿混紡、裏側がパイルや起毛、ボアを貼ったものまである。



 スウェットのフーディはトレンドに左右されない。身幅や着丈を伸ばして、ややオーバーサイズ化される程度だ。デザインはプルオーバーからジップアップ、ポケットは手を温めるカンガルーの他、物を入れても落とさない片玉縁のスラッシュ仕様もある。ブランド力とディテールで多少の変化をつければ売れ筋になると、各社が企画している。ただ、ユニクロがデザイナーとコラボしたUNIQLO : CやヨウジヤマモトのGround Yまで企画している点を見ると、他にアイデアはないのかと思ってしまう。もうお腹いっぱいって感じだ。



 今から48年前に公開された映画「ロッキー」。主人公のボクサーを演じたシルベスター・スターローンがロードワークの時に着ていたのは、少し薄手に見えるスウェットのフーディとパンツだった。アスリートがスポーツウェアとして着ると様になるのだが、アスレジャーだと他のアイテムの組み合わせ方次第で、カッコよくもダサくもなる。例えば、米国映画に出てくるデリを襲ってカネを盗む強盗は、決まってフーディやキャップ、レザージャケットといった出たちだ。まあ、日々の生活に困って強盗をする輩がおしゃれをする余裕はないはずだが、それがなおさら陳腐に見えて同じ着こなしは嫌になってくる。



 いい加減にフーディ一辺倒からモデルチェンジしてもいいのでと思うが、どのブランドともデザインを変える様子はない。今シーズンも同じ仕様のものが各ブランドでラインナップされている。ならば、自分でやるしかないと、久々にリ・デザインをしてみた。筆者の場合、フーディはタウンユースだけでなく、ジムでのトレーニングや街中でのランニングでも着ているので、10オンス以上の厚手を数着持っている。そこで、フード部分を「スタンドカラー」にしてはどうかと、一番古いものをベースに試作をしてみた。

 デザインイメージはフード部分を半分程度の位置でカットし、高めの襟にするもの。加えて、フードのカットで残った生地を利用しトレンチコートのような「チンウォーマー」を作る。左右の襟にボタン留めにすれば、襟が倒れない。これならランニング時の風除けはもちろん、トレーニング時にマットに寝転がってストレッチする時にも後ろ首に負担がかからない。デザイン的には陳腐なアスレジャーを脱してミリタリー風になるので、多少はカッコよく見えるだろう。寒くなれば上にアウターを着てもいい。ボンバー、テーラー、チェスターフィールドと、いろんな上着との相性もいいのではないかと思う。


試作でイメージを固め、仮縫いで微調整する

 試作のリメイク手順は以下の通りになる。



 1.フード部分の半分やや下に立ち襟の出来上がり線を引く

 2.出来上がり線よりやや上(見返し部分)をカット

 3.フードの重ね布を開いて芯を入れ、アイロンで接着する



 4.立ち襟を合わせてミシンで縫い合わせる



 5.余った布でチンウォーマーを作る

 6.ウォーマーの左右にボタンホールをつける

 7.襟にボタンを縫い付け、チンウォーマーを固定


 あくまで手持ちのフーディを利用した試作なので、正確なサイズを割り出した型紙などはない。通販で購入し20年ほど着古したもので仮縫いし、大まかなサイズを割り出すためだ。まず、襟の高さを決める。スタンドカラーで風除けを考えると、タートルネックより高い位置、顎より上の唇が隠れるくらいの高さ。それを出来上がりの線にしようと考えた。前襟は身頃の縫い合わせから14cm、後ろ襟は10cmと決めた。前襟は前に落ち開き気味になることを予測して高めの設定とした。それに見返し部分2cm程度を加えた線で、フードをカットする。

 カットした状態で立ち襟の高さを仮縫いする。前後左右と見返し部分をピンで止め、立ち襟の形を組み立てた。前襟分の高さはほぼいいが、後ろ襟が多少高すぎたので7cm程度に修正する。これならトレーニングマットに転がってストレッチする時も襟がもたつくことはないだろう。フード部分は初めから生地が二重になっている。そこでカットした後の襟部分にはこしを出して立ちやすいようにするため、内側に芯を入れてアイロンで接着する仕様にした。

 ただ、襟部分に芯を入れても、それだけで立ち襟状態が維持されることはない。そこで、トレンチコートに付属するチンウォーマーを取り付ける。これなら襟の倒れや開きを防止でき、防寒機能も果たせる。フード部分をカットした残布をそのまま使い、ヘキサゴン状にカットし、これにも内側に芯を入れた。トレンチコートと同じように左右のえりにボタンで留めるようにボタンホールを切り込んだ。元のフードは被った時に頭巾状に絞るための紐が入っている。チンウォーマーはその左右の穴が隠れるような位置に取り付けた。リデザイン、リメイクは前の仕様をいかに消し去るかの工夫も必要だ。




 今回のリ・デザインに行き着いたのは、12オンス程度で厚手のスウェットシャツにはフーディか、プレーンなトレーナーしかないのがきっかけだった。差別化と言っても、胸元か背面のプリントくらいだから、個人的にはすっかり陳腐化している。着こなしもフーディのプルオーバーはそのまま被るので、インナーにシャツを着たところで襟元くらいしか見えない。フード部分が強調される着こなしは、やはり上に着るアウター次第となる。逆にジップアップは前空き状態ではインナーを見せることになり、それがおしゃれかどうかは、着る人間によっても変わってくる。見方によってはだらしなくもある。



 厚手のスウェットシャツでフルジップが登場しないかと待っていたが、あるのはスポーツ用のジャージばかりで、しかも薄手だ。スウェットシャツで毎シーズンにローンチされるデザインものは、フーディしかない。最初はジップアップのフードをカットして、立ち襟の上部端まで新たなファスナーに切り替えることも考えた。しかし、その仕様では新たにファスナーを注文し、付け替えなければならない。元のファスナーは不要になって、SDGsの流れに逆行する。できるだけ、利用できる部分は利用し、新たな材料も手持ちのものを再利用したい。そこで、プルオーバーのフードをカットして、立ち襟にするデザインを考えた。

 これならカットして残った生地は、チンウォーマーに再利用できる。芯は余っているものを使った。チンウォーマーを取り付けるボタンは、ジャケットについている予備のものがいくらでもある。過去に購入したジャケットはほとんどが黒なので、ボタンの色もほぼ黒。白系もいくつかある。袖口用は四つ穴で、デザインもほぼ似通っている。見た目で多少の色違いはわからない。リメイクなのだから十分に許容範囲内だ。完成したのは、スタンドカラースェットシャツとでも呼ぼうか。略してスタンディ。





 リ・デザイン、リメイクなので、クリエイティブワークなんて声高に叫ぶつもりはない。ただ、市場にはあまりにフーディばかりが溢れているので、それに代わるものを作ってみたかっただけだ。無いものを作るのは楽しいし、試作は自分なりにはよくできたと思う。フーディは他にもトレーニング用が何着か持っている。また、モードっぽいフードブルゾンもある。

 これらも同じ仕様で立ち襟にリメイクしてみた。気温はまだまだ高い状態が続いている。よほど低温にならない限り、屋外でのランニングはスウェットで十分だし、薄手のブルゾンもこれから重宝すると思う。この秋冬に活躍しそうなアイテムがまた増えた。

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