今月はお店が周年を迎えたや取材などもあり、いろいろと刺激の多い時間となりました。
充実し過ぎて今週いきなり発疹が出来ましたが、、、幸い体調も回復して今は随分と楽になりました。
私はよくスタッフに志・決意の大切さを説きます。
この仕事を長く続けるのに、私が一番大切なものと感じています。
そして、今の自分に大切なのは心意気だと思います。
話は変わって、テレビで拝見した文楽の住太夫さんの大阪弁はとても情があって、とても美しいと思いました。
たぶん本来の浪速言葉はこんな柔らかで、上品だったのだと思います。
普段の言葉がそうなのだから、余計文楽での語りでより情感が増すのだと思います。
いくら大きな口をあけて、大きな声で聴きやすい語りであったとしても、分かりやすくはあっても感動は伝わりません。
(少し話はそれますが最近は感動よりも分かりやすさ、気軽さが優先されるのはさみしいことと思うことが増えました)
ここ最近、情という言葉が頭に浮かびます。
京都の和食が雅の文化だとするなら、大阪は情の文化だとここ最近良く思います。
情というのはとても難儀なもので、形がありません。
雅な料理はイメージ出来ますが、情の料理と言われてもイメージは難しですね。
どんな道に進むか、目指すかはそれぞれ十人十色です。
でもどんな道であれ、歩む道でずっと研鑽することが大切なのでしょうね。
人間国宝となり、芸の鬼と言われる住太夫師の引退会見の言葉がここ最近ずっと心に響きます。
「“情”ですな。こんな難しいもんおまへんな。死んでからも稽古にいかなあきません。100点満点は取れません」
https://www.youtube.com/watch?v=VbiTrB5UTJU
私は「雅みやび」が建前で、「情」が本音ではないかと思うのです。
大阪の味はその場その場で最適を一番に考えて発展してきました。丁度これが欲しかってん!を提供するのです。市場の中で握りすぎず、型崩れしないギリギリの硬さの寿司が考案されたのも、忙しい職人の食べやすさから発展してきました。
カッコは二の次です。実質を重んじた文化だと思うのです。
だから、下賤?だと誤解を受けて二流と言う雰囲気にあるのです。
かっこ良さが優先するものとはちがい、実質を重んじた一番本音の部分を満足させる文化なのです。とても大切な本音を前面に堂々と出して勝負を掛けるのです。すご~い!!と思いませんか?
実質本位は野暮ったくなりがちです。
雅さも難しいかと思いますが、さらにハードルが高くなります。
そして、多様な引き出しが必要となります。
ほんと難しいことだと思います。
そして、これが出来れば凄いですね。
そのためには技術はもちろん、人としても成長しないと。。
ほんといばらの道ですが、だからこその一生涯の仕事と
なるような気がしております。