『つまんないクラス、バイバイ』
黒板に書かれたクラスメートの文字
そう、今日は終業式。
ひとつが終わるから、始まる
終わらないと「始まり」は来ない。
でも「終わり」は「寂しい」。
切ない思いが胸を締め付ける。
みんなは、こんな思いないのかな
『新しいクラスに期待』
みんなそう思ってるのかな。
そうなのかな……
私は……
今日で別れがやってくる。
俺は告白なんてできやしない。
かと言って、違うクラスになったら、話す機会さえなくなるだろう
どうしたらいいんだ……
悩んだまま、夜が明けた
今日は終業式
眠らなかったら朝は来ないんじゃないかとも思った。
今が永遠に続いてくれたらいいのに
仁子との別れの日。
その日は今日なんだ……
ついに来てしまった。
もう逃げられない
学校に行きたくない
休んでしまおうかとも思った。
でも最後になるかもしれない。
仁子の顔を、見たかった。声を聞きたかった
最後なんて嫌だ。
彼女に会ったらなんとかなるかもしれない。
奇跡が起きるかもしれない
そんな根拠のない仮想にとらわれ、俺は学校に急いだ。
「こんな日に遅刻!?」
小さな奇跡は起きた。
校門に向かって走っていた俺に声を掛けたのは、仁子だ。
「人のこと言えねーだろーが」
軽口を返すのも、今日で終わりなのか
「そだね。急ご」
仁子の方もあまり余裕はないらしく、足の回転を速める方に
神経を注いだ。
『セーフッ!』
校門に飛び込んで、二人声を上げた。
自然に笑みがこぼれる。
「仁子、敏雄、相変わらず仲いいね。でも早くしなよ?」
そこにクラスメートの和美が声を掛けた。
「分かってるぅ」
仁子と和美は仲がいい。
昼休みはいつも一緒に弁当だ。
「講堂にね。急いで」
「うん、ありがと」
終業式を終え、教室内は大騒ぎだ。
春休みの遊びの計画を立てる者、携帯で記念撮影する者……
その中に……
「あのさ、仁子ちょっといぃ?」
「ん?」
俺はまだそのとき気付いていなかった。
これから俺と仁子の間に重大な事件が訪れることを。
「圭一がさあ、お前に用があるんだって」
「なに?」
仁子に声を掛けたのはクラスメートの之治だ。
之治と圭一は、いつも一緒にいるグループ。
ちなみに之治と俺は、以前ちょっとしたトラブルがあってあまり仲が良くない。
圭一と俺の間も、クラスメートながらほとんど接点はない。
あまり話す機会がなかったのだ。
圭一はこう言ってはなんだがおとなしいやつで、クラスでもほとんど目立つ存在ではない。
一方の之治はなにかとしゃしゃり出る性格で、何度も言うようだが俺とはそりが合わないのだ。
「ほら圭一」
「圭一くん何?」
「えっとさ、」
「うん、」
胸騒ぎがした。
これからひどく嫌なことが起こる。
そんな予感がした。
俺は話をしていた友達をそっちのけで、圭一と仁子たちの様子に注目していた。
圭一は仁子の方を見なかった。
目が宙に泳いだり、床を見詰めたりして、自分からなにかを切り出す様子がない。
仁子の方も少し困ったような顔をしている。
その様子に、之治が我慢できなくなったらしい。
「圭一、仁子のこと好きなんだって! だから俺たちと一緒に春休み遊んでくれよ!」
心臓が瞬間止まりそうになった。
圭一はまばたきもせずにただ仁子の方を見詰めている。
俺もまばたきせずに仁子のことを凝視した。
次の刹那、仁子と俺の目が合った。
「ごめん!」
仁子は教室を飛び出していた。
俺は一瞬なにをすればいいか分からなかった。
「追いかけろよ」
そう言ったのはさっきまで俺と話していた友人だった。
俺に、言ったのだ。
呆然と立ち尽くしている圭一と之冶が横目にチラッと見えたが、気にもならなかった。
俺にとって仁子はどういう存在なのか、そして仁子にとって俺は……自らに問いながら迷いながら、俺は仁子の後を追って教室を飛び出した。
好きなんだ、愛しいんだ。触れたいんだ。いくらでも話したい。
いつまでも一緒にいたい。
彼女は俺にとって……
自分より大切な、唯一つのもの。
守りたいもの。
そうなんだ。
そうなんだ。
俺は校庭に飛び出した。
仁子の姿を探す。
あちらを見る。そちらを見る。
いない。どこにも見慣れた姿は見えない。
どこにいった?
俺は不意に校舎の上を見上げた
いたっ!
屋上の金網に寄り掛かって、遠くを見ている。
なに考えてるのか。
思わず手を振った。
仁子はまったく気付く素振りもなく、遠くを見ている。
仁子の姿は見える。はっきりと。あそこに居る
周りに人。
だけど声を出して呼べない。仁子のことを。
大きな声で、『仁子!』と呼べばいいのだ。
だけどそれができない。
触れたい。
俺は仁子の姿に小さく手を伸ばした。