快気分析

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仕組みとアプローチ -  信長自身が遠い過去に情報工作で敵方の分断に成功している

2019-11-24 18:57:21 | 明智光秀
 情報工作で敵方を分断して弱体化させるという手法ですが、信長自身が既に遠い過去である1560年前後にこれを成功させています。
 「山口教継」或いは「山口教継 今川 信長」とかで検索すると多くのサイトが出て来ますが、これらでわかるのは「織田方から離れ、今川方に組した山口教継、教吉親子は今川方の所領に当然逃げ込んだわけですが、信長は山口教継、教吉親子を褒めたたえるような噂を流し、その結果として今川方はこの山口教継、教吉親子を織田方のスパイではないか?と疑い、切腹させた」という事実が有ります。
 これなどは信長が情報工作部隊を駆使した敵方の分断工作で成功した最たるものではないでしょうか。
 その信長が織田勢内部を分断させるような情報工作などのアタックを何故見抜けなかったのか?というは全体像を筆者は把握できていないのでわかりません。
 当時の毛利氏には座頭衆、世鬼一族、そして表面上は滅亡した武田氏には三ツ者、上杉氏のは軒猿という諜報機関が有り、情報収集だけでなく敵方を内部崩壊させる情報工作部隊も有ったわけでこれらが存在する事を信長も有る程度わかっていたはずなのにあのような結果となりました。
 表面上は滅亡した武田氏の三ツ者などは特に信長の足を引っ張る反織田勢に利用されそうだし、窮地に追い込まれていた上杉氏や毛利氏もまたこうした情報工作部隊を駆使したはずなのは言うまでも有りません。
 

仕組みとアプローチ -  信長の対土岐一族警戒モードをエスカレートさせようとした者達は多かったはず

2019-11-24 17:57:25 | 明智光秀
 先日の記事、サブタイトル「信長の対土岐一族警戒モードがエスカレート その発端の一つは上総土岐氏の動きではないか」に関連する事です。
 現時点での個人的な見方に過ぎませんが、「信長の対土岐一族警戒モードをエスカレートさせようとした人達が実は多かった」と思っています。
 その人達とは1つに信長の家臣ら織田勢内部のライバル意識や妬みです。
 出世頭の明智光秀を引きずり降ろそうと、有る事ない事を信長の耳へ直接間接に流し信長が光秀に警戒心を抱くようにする、それには「土岐一族が皆グルではないか」、と意見すれば簡単なわけです。
 事実でもない事を捏造してでもライバルの足を引っ張る輩はいるわけですから、光秀と長曾我部氏、家康と土岐一族の出である西郷局との間の男子誕生、そして北条氏と上総土岐氏の連携などを並べて信長に「殿、勢いを盛り返して来ている土岐一族に囲い込まれていますよ。光秀も長曾我部も危ない」とか進言する重臣は必ずいたと思います。
 そしてもう一つ、信長の織田勢の攻勢により窮地に追い詰められていた敵対する勢力は、織田勢内部を分断する工作の一環として土岐一族でない信長一族と土岐一族を分断するような情報を拡散し、織田勢内部(非土岐一族と土岐一族)の間で内紛となるように少しずつ誘導するはずです。
 土岐一族関連ではないのですが、織田勢内部の分断工作とも考えられる例として、実際に荒木村重の謀反は織田勢の内紛だったわけでこれにより毛利氏への攻撃が一時ではあれストップしたのでした。
 毛利氏に限らず、織田勢により窮地に追い詰められていた勢力は高野衆、長曾我部氏、上杉氏など多く、これら勢力の情報部隊の活動により信長が影響された面が有るのかも知れません。
 例えばですが、水野信元が武田方と内通したとする疑惑はもしかすると武田方による情報工作(つまりウソの情報を拡散)だったのかも知れないのです。
 信長は水野信元暗殺の後、実は無実の罪だったかも知れないと実際に認めています。
 織田勢内部からも外部からも有る事ない事が信長の耳に入っている内に、次第に影響され、更に土岐一族系の多くの動きが総じて信長の警戒心をエスカレートさせてしまうような状況となり信長が長曾我部氏を攻撃する判断に至ったのではないでしょうか。
 そして仮に秀吉が毛利氏と既に内通状態だったのなら、土岐一族系の危険性を信長の耳に入れる絶好のポジションだったはずです。
 真相はどうだったのでしょう。