『裸足の伯爵夫人』(54)(1997.2.15.)
ジョセフ・L・マンキウィッツ監督作では初のカラー映画で、舞台はスペイン。野性的な酒場の踊り子が、ハリウッドの映画監督によってスターに仕立て上げられる。その後、彼女を見初めたイタリアの伯爵と結婚するが、彼にはある秘密があった。やがて彼女に悲劇が訪れる。
いきなりヒロイン・マリア(エバ・ガードナー)の葬式から始まり、後は彼女と関係のあった男たちの回想によってストーリーが展開していくのだが、同じく回想劇の『三人の妻への手紙』(49)や『イヴの総て』(50)で示した、マンキーウィッツの語り口のうまさに比べると、少々くどいし、もたつくところもあった。
とは言え、一人のシンデレラ女優に群がるプロデューサー(ウォーレン・スティーブンス)や監督(ハンフリー・ボガートが演じたこの人物は自嘲を込めたマンキーウィッツの分身か)、広報担当(エドモンド・オブライエン)といった登場人物たちの思惑を交差させることによって、映画界の裏側にある醜さや、虚像のはかなさを浮かび上がらせるという手法は、演劇界の裏側を描いた『イヴの総て』とも通じるところがある。その意味では、マンキーウィッツのシニカルで冷徹な眼差しが光っていた。
そして、この映画の白眉は何と言ってもエバ・ガードナーの妖艶な美しさだろう。後の『大地震』(74)の老けて太った姿が、彼女との初対面になった者としては、あまりの違いを見せられてただただ驚くばかり。花の命は短くて…だなあ。
ここで少々こじつけ遊びを。
どちらもユダヤ系で、シナリオライターから監督になり、ストーリーテリングの巧さを発揮。回想を巧みに用い、皮肉を込めた暴露劇を得意とした、などの点で、このマンキーウィッツとビリー・ワイルダーには共通点が多い。
例えば、ワイルダーが映画界の暗部を暴露した『サンセット大通り』(50)を撮ったのと同じ年に、マンキーウィッツは演劇界の暗部を暴露した『イヴの総て』を撮った。ワイルダーがボギーを使って『麗しのサブリナ』(54)を撮れば、マンキーウィッツは同じ年にやはりボギーを使ってこの『裸足の伯爵夫人』を撮る。
しかも『サンセット大通り』と『裸足の伯爵夫人』は、男女の違いこそあれ、どちらも主人公の死から始まり、後は回想劇となる、という点で一致する。と、このあたりまでは互いに意識し合って映画を作っていたような節があるのだ。
ところが、この後、マンキーウィッツはエリザベス・テイラーに肩入れし、『去年の夏突然に』(59)『クレオパトラ』(63)を経て凋落の道を歩んでしまう。
片や、ワイルダーは『麗しのサブリナ』でオードリー・ヘプバーンと出会い、以後は、マンキーウィッツの出世作となった『幽霊と未亡人』(47)のような、男女の恋愛の機微を描く路線へと転換し、成功を収めたのだから皮肉なものだ。ちなみに、ワイルダーは1906年生まれで、マンキーウィッツは09年生まれ。年もほぼ同じである。
エバ・ガードナーのプロフィール↓
パンフレット(54・BLC映画部(S・Y PICCADILLY102))の主な内容
巨匠ジヨセフ・L・マンキイウイッツ/解説/物語/作家意欲を充実させたアメリカ映画には稀らしい大作(南部圭之介)/横紙破りの「裸足の伯爵夫人」/エヴァ・ガードナー、ハンフリー・ボガート、エドモンド・オブライエン、マリウス・ゴーリング、ウォーレン・スティーヴンス、撮影監督ジャック・カーディフ、エンツォ・スタヨーラ/空前のオリヂナル・ロマンチシズム(南部圭之助)