『男はつらいよ 寅次郎かもめ歌』(1981.2.9.蒲田ロキシー)
ついに寅さんが保護者になってしまった。いよいよ『男はつらいよ』シリーズもここまできてしまったか…。前作の『~ハイビスカスの花』が何ともいい味を出していたので、まだまだ大丈夫と思ったのだが、そろそろ寅さんを“寅さん以上の寅さん”(身を固めさせるとか、テレビドラマのように死なせてしまうとか)にする時期が来たのかもしれない。
今回はこれまでのシリーズとは異質の感を持たされた。前作同様、寅さんは限りなく優しい。それはそれでいいとしても、何だか物分かりのいいおじさんみたいな寅さんは見たくないのである。彼は俺たちと同じように、ドジで間抜けで分からず屋で、かなわぬ恋と知りながらすぐに女に惚れて、けれども必ずふられて…。そんな中から、自分を見るような気持になって反省させられたり、自然にさまざまなことを教えてくれる、そんな寅さんが俺は好きなんだ。
けれども、もう26作も作っているし、寅さんも40歳になったようだし(夜間学校への入学願書で知らされた)、これ以上のことを、このシリーズに望むのは酷なのかもしれないとも思う。
そう考えれば、この映画もほかの映画と比べれば良作の部類に入るのかもしれないが、これまで俺たちはあまりにも寅さんに笑わされたり、泣かされたりし過ぎた。それ故、これまでのシリーズに比べると、寅さんも年を取ってしまったなあ、彼も段々と保護者的な立場で女性を愛するようになっていくのかなあ、などと思い、寂しい気持ちになるのだ。
1960年代後半に生まれたシリーズが、10年以上も輝きを失わずにきたことは驚嘆に値するのだが、どうしょうもない時の流れを感じずにはいられない。まだまだ寅さんに会っていたい気もするが、年老いていく彼を見るのはつらい。ああ車寅次郎よいずこへ…。
若きマドンナ役の伊藤蘭が好演を見せる。併映の『土佐の一本釣り』の田中好子との“普通の女の子”に戻れなかった者同士の対決は、引き分けといったところか。2代目のおいちゃんを演じた松村達雄が夜間高校の教師役で出演し、「便所掃除」の詩をしみじみと朗読する。これはいいシーンだった。
(2006.8.14.)
テレビで『男はつらいよ 寅次郎かもめ歌』を再見。この映画が公開されたのは1980年。もう26年も前になるのかと思うと、時の流れの速さに驚く。
公開時は、何だか寅さんが保護者になってしまったようで違和感を抱いたのだが、今見直すと、さくら夫婦の新居の話や、マドンナの伊藤蘭が通う定時制高校の描写(後の『学校』シリーズのルーツ)が見事で一気に見てしまった。
寅さんが包んだ祝儀袋や、定時制高校に提出した入学願書が悲しくもおかしい。思えば、彼が昭和15年生まれという設定だったことをこの映画で初めて知らされたのだ。