田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

1930年代洋画ベストテン(裏その2・フランク・キャプラ監督作・その2)

2022-02-19 16:07:46 | 俺の映画友だち

『一日だけの淑女』(33)(1997.12.9.)

 街でリンゴを売り歩きながら、細々と暮らしているアニー(メイ・ロブソン)の元へ、留学中の娘が婚約者とその父親を連れて戻ってくるとの連絡が入る。彼女は貧しい暮らしを隠すため、ギャングの親分デーブ(ウォーレン・ウィリアム)の協力を得て一日だけ淑女に成り済ますが…。

 後年の『ポケット一杯の幸福』(61)のオリジナル映画。確かに、これを見てしまうと『ポケット~』に対する世評の低さも仕方がないと納得させられる。

 両作の大きな違いは、やはり作られた時代にあるのだろう。大不況の最中に人々が映画に対して夢を抱いていた30年代と、価値観が大きく変転し、テレビが映画を追い越した60年代とでは、同じ話を語っても、観客の心への響き方は大きく異なるからだ。

 また、キャプラが映画監督として最も脂が乗り切っていた30年代の作品と、引退作とでは比べるべくもない。『一日だけの淑女』には、キャプラの自らの映画に対する自信がみなぎっており、時代が変わっても、見る者を酔わせる夢物語としての迫力があるからだ。

 いつか黒澤明が「オリジナルには、作られた時代故の力があるのだから、リメークは無意味だ」と語っていたが、まさしくその通りだった。

名画投球術No.1「たまには幸せになれる映画が観たい」フランク・キャプラ
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/9e99f5d4aed0879a4acec261f63f830c

『ポケット一杯の幸福』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/1c3156811cfee161832ad7a1aeb7fca6


『或る夜の出来事』(34)
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/6378baebc12f8f5501d9152e81ceb4b3


『其の夜の真心』(34)(1997.12.9.)

 大富豪の令嬢と結婚したダン(ワーナー・バクスター)は、義父と衝突し、愛馬ブロードウェイ・ビルを連れて家を飛び出す。ダンは、愛馬をダービーに出走させるべく奮闘するが…。

 これまた、後にビング・クロスビー主演で『恋は青空の下』(50)としてリメークされたものとは比べるべくもない、自信に満ちあふれた映画で、オリジナルの圧倒的な勝利であった。

 この映画の白眉は、ラスト近くのブロードウェイ・ビルの馬券に、大衆が流れていく様子を描いた、マスヒステリー的な状況におけるたたみかけのシーンであった。キャプラ映画お得意の“ラストシーンの奇跡”に大いなる説得力を与える伏線がここにも如実に表れていた。

 ただ、「フランク・キャプラのアメリカン・ドリーム」によれば、この映画のラストに示されたブロードウェイ・ビルの死について、観客は「ノー」と叫んだという。

 つまり、この映画の時点では、キャプラ自身も“ラストシーンの奇跡”を信じ切ってはいなかったことになる。初めから楽天家のキャプラではなく、観客のニーズによって変身していった事実が、この映画には示されているのである。

『恋は青空の下』
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/e5e72684bd8c56814501e8ba2f3fa17e

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1930年代洋画ベストテン(裏その2・フランク・キャプラ監督作・その1)

2022-02-19 07:59:57 | 俺の映画友だち

1930年代が全盛期だったフランク・キャプラ監督作でも10本並ぶ。

『奇蹟の処女』(31)(1997.12.8.)

 父親に代わり教会の運営を引き継いだフローレンス(バーバラ・スタンウィック)は、金もうけを企んだ詐欺師に利用され、インチキな宣教師として活動を始める。そこに、彼女の説教に心を動かされたという盲目の青年(デビッド・マナース)が現れて…。

 「フランク・キャプラのアメリカン・ドリーム」というドキュメンタリーによれば、キャプラは映画界に入る前は詐欺師まがいの行商をしており、その際に、大衆が何にだまされ、喜び、泣くのかを知り、それを促すための手練手管の才を身につけていったのだという。

 というわけで、この映画にも、大衆がいかに扇動されやすいのかが描かれている。つまり、一種のマスヒステリー的な状況が実に巧みに描かれており、後年の『オペラハット』(36)『スミス都へ行く』(39)『群衆』(41)などの萌芽が見られるのだ。

 その半面、いかにもキャプラらしい、例えば、ヒロインに恋する盲目の青年の腹話術人形による間接的な愛の告白など、ハートウォームなシーンも用意されており、まだ未完成ながら、人間の光と影を巧みに交差させる手法の萌芽も、この映画に示されていたのは興味深かった。


『プラチナ・ブロンド』(31)(1998.1.20.WOWOW)

 名家の令嬢(ジーン・ハーロー)と新聞記者(ロバート・ウィリアムズ)との恋愛を、生活のギャップという皮肉を交えながら描く。2人にロレッタ・ヤング演じる同僚記者を絡めた男女間の微妙な三角関係劇、上流社会のきゅうくつさへの痛烈な皮肉、粋なハッピーエンドなど、この映画にも、後のキャプラ的な世界につながる要素が見られ、改めて、キャプラの映画の一貫性を感じた。

 幻のセックスシンボル、ジーン・ハーローと初対面。なるほど、伝説となっただけのことはあって、その存在感の強さや、後のグラマーガールたちの元祖ということは確認できたが、正直なところ、マリリン・モンロー同様、この手のタイプの女優は好みではない。


『風雲のチャイナ=袁将軍の苦いお茶』(33)(1997.12.8.)

 結婚を控えたミーガンは動乱の中国で婚約者と離れ離れになる。彼女を救ったのは野蛮で残酷な袁将軍だった。

 この映画も、『奇蹟の処女』同様にバーバラ・スタンウィックが主演している。「フランク・キャプラのアメリカン・ドリーム」によれば、この時期キャプラとスタンウィックは恋仲だったらしいから、彼としては、恋人を窮地に追い込み、その中でいかに美しく見せるかに専心した映画だという感じがした。

 舞台は内戦が続く中国。そこに赴任した宣教師と中国の将軍との恋模様という壮大なストーリーなのだが、将軍に扮するニルス・アッサーに施された、つり上がった細い眉というメークに象徴されるように、西洋から見た一方的な東洋観が如実に示される。それ故、時折魅力的なシーンはあるものの、スタンウィック演じる宣教師が、なぜ将軍に引かれていくのかもよく分からない。

 キャプラが、後に理想郷としての東洋である『失はれた地平線』(37)を撮り、戦中は反日の国策ドキュメンタリーを撮る短絡さのルーツがここにあった、といっては言い過ぎかもしれないが、あれほど人間の裏表を巧みに描いた監督も、文化の違いという壁は超えられなかったということか。あるいは、キャプラがアメリカを信じ過ぎたが故の悲劇というべきなのか。

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『林檎とポラロイド』

2022-02-19 07:18:56 | 新作映画を見てみた

『林檎とポラロイド』(2022.2.17.京橋テアトル試写室)*ネタバレあり

 ある部屋が映り、そのバックで、どすん、どすんという奇妙な音が聴こえ始める。やがて、それは男が自分の頭を柱にぶつけている音だと分かる。そして、ラジオから唐突に「スカボローフェア」が流れてくるというオープニングから、一気に不思議な感覚に陥る。
 
 部屋を出て、バスに乗ったその男は眠り込み、目が覚めるとリンゴが好きという以外の記憶を失っていた、というところから話が始まる。
 
 実は、世界中で記憶喪失を引き起こす奇病がまん延し、患者への治療法として「古い記憶を取り戻すことは諦めて、新たな経験と記憶を重ねて、一から人生を築き直す」という「新しい自分」と呼ばれる回復プログラムが行われていた。

 それは、カセットテープに吹き込まれた医師の指示を実行し、それを行った証拠としてポラロイドカメラで撮影するというもの。

 ところが、男に出された指示は、「自転車に乗る」「仮装パーティで友だちを作る」「酒を飲み、踊っている女を探す」「ホラー映画を見る」「10メートルの飛び込み台からダイブする」「運転して車をぶつける」「死期の迫った人と一緒に過ごし、葬式に参列する」という何の脈略もないものだった。

 寡黙な男が与えられた指示を淡々とこなしていくさま(演じたアリス・セルベタリスが素晴らしい)から、そこはかとないユーモアともの悲しさが感じられるという、ギリシャ人監督クリストス・ニクによる、何とも不条理な映画なのだが、言葉にはできない不思議な魅力があった。

 男は本当に記憶喪失だったのか? それともプログラムの効果があったのか? そもそも記憶とは何なのか、などと考えさせられるラストシーンも含めて、もやもやとした思いが残るのは否めないが、たまにはこういう映画から好奇心を刺激されるのも悪くないと感じた。

 ケイト・ブランシェットがこの映画にほれ込み、プロデュースを買って出たばかりでなく、ニク監督のハリウッド進出も手助けしたという。

 男がリンゴの皮をむくシーンで、小津安二郎監督の『晩春』(49)の笠智衆を思い出した。

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