田中雄二の「映画の王様」

映画のことなら何でも書く

『ディア・ハンター』

2016-01-19 10:08:36 | All About おすすめ映画

『ディア・ハンター』(78)

音楽が印象的な青春群像映画

 この映画の前半は、ペンシルバニアの田舎町に暮らすロシア系移民の若者たち、マイケル(ロバート・デ・ニーロ)、ニック(クリストファー・ウォーケン)、スティーブン(ジョン・サベージ)、スタン(ジョン・カザール)、アクセル(チャック・アスペグレン)、ジョン(ジョージ・ズンザ)の日常を丁寧に描いていきます。ここは彼らの“牧歌の時代”に当たる部分です。

 彼らがビリヤードに興じながら歌うフランキー・ヴァリの「君の瞳に恋してる」、そしてスティーブンの結婚式で流れる「カチューシャ」などのロシア民謡が、彼らの若さや無垢、そして故郷を象徴する曲として使われています。

 これらの曲が、この後に彼らの身に起こる変転との対比に重要な意味を持つのです。

 一転、ベトナムの戦場でのマイケル、ニック、スティーブンの受難が映されます。

 ここでは音楽を使わずに現実音とセリフだけで緊張感を高め、ロシア系の移民たちが皮肉にもロシアン・ルーレットの餌食となる戦りつの場面が展開します。

 3人はなんとか生き延びますが、スティーブンは半身不随となり、ニックはサイゴンで消息を絶ちます。マイケルも心に深い傷を負って帰国します。

 そんな彼らの傷ついた心を代弁するかのように流れてくるのがスタンリー・マイヤーズ作曲、ジョン・ウィリアムズのギター演奏による哀切の名曲「カヴァティーナ」。この曲の登場と共に、映画は深い憂いと悲しみの色を帯び始めます。

 終盤、ニックが生きていることを知り、サイゴンに駆け付けるマイケル。しかし、精神を病んだニックはロシアン・ルーレットで命を落とします。

 ニックの葬式を終え、ジョンの店に集まった仲間たち。もはや彼らの人生は牧歌から挽歌になっています。

 最後に彼らが口ずさむ「ゴッド・ブレス・アメリカ」は、アービング・バーリン作曲のスタンダードで、アメリカの第二の国歌とも呼ばれる曲。彼らが国家に対して抱く複雑な心情を表すようで深い余韻が残ります。

 そして「カヴァティーナ」をバックに“無垢だったころの彼らの笑顔”を映しながら映画は幕を閉じます。

 イタリア系のマイケル・チミノが監督したこの映画はベトナム戦争を描いた映画として扱われることが多いのですが、私は音楽を効果的に使った優れた青春群像映画だと思います。

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『の・ようなもの の ようなもの』

2016-01-17 21:52:29 | 新作映画を見てみた

落語の人情噺を思わせる心地良さ



 亡くなった森田芳光監督の『の・ようなもの』(81)の35年ぶりの続編。前作の主人公、出船亭志ん魚(しんとと=伊藤克信)と、兄弟子の志ん米(しんこめ=尾藤イサオ)、志ん水(しんすい=でんでん)のその後と、新入り弟子の志ん田(しんでん=松山ケンイチ)の成長が描かれる。何と芸能界を引退した志ん肉(しんにく)役の“ありがとうの小林くん”まで出てきたのはうれしかった。

 その中でも今回は志ん田の師匠になる尾藤イサオが落語家らしさを出して絶品だった。ちなみに彼の父は落語家で、彼自身も曲芸師として寄席に出ていたことがあるらしい。それに映画の舞台となった谷中は彼の故郷だと聞いた覚えがある。

 この映画、志ん田が行方不明となった志ん魚を捜す前半は、森田の遺作『僕たち急行 A列車で行こう』(12)をほうふつとさせる鉄道+旅の面白さがあり、志ん田と周囲の人々との絡みを描く後半は落語の人情噺を思わせる心地良さがある。特に大師匠の墓前で一席語る志ん田=松山の心意気がいい。

 監督は森田の助監督を務めた杉山泰一。ドライを装いあまり人情物を描かなかった本家に比べるとずっとウェットな出来になっている。少々うがった見方をすれば、志ん魚が森田で志ん田が杉山の心象を反映しているのかもしれないと感じた。

 ところで、『の・ようなもの』のクライマックスは、「人形焼の匂いのない仲見世は寂しい、思い出の花屋敷に足は向く。シントトシントト…」といった具合に、志ん魚が堀切から日暮里まで「道中づけ」をしながら歩くシーンだった。この映画の原作には志ん田の「道中づけ」の場面があるようだが、映画の中には出てこなかったのがとても残念。

 映画を見ながら、個人的には、伊藤克信と顔が似ているからと、志ん魚と呼ばれた30数年前の自分へのノスタルジーと、そこから今までの間に失ったさまざまなものへの思いが浮かんできて困った。

 それ故、尾藤イサオが歌う『の・ようなもの』のエンディング曲「シー・ユー・アゲイン雰囲気」が最後に流れてきた時は、一気に30数年前に引き戻されたような気がして、胸がいっぱいになってしまった。

その「シー・ユー・アゲイン雰囲気」はこちら↓
https://www.youtube.com/watch?v=6lpowfF7lvg

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『最愛の子』

2016-01-17 18:17:30 | 新作映画を見てみた

美人女優は諸刃の剣なり



 中国で実際に起きた子供の誘拐事件を基に映画化。誘拐された3歳の子は、3年後に発見された時には実の親のことを忘れていたという内容が衝撃的だ。監督は『捜査官X』(11)など、アクション系の映画で知られるピーター・チャン。

 産みの親か育ての親かというテーマは、日本の『八日目の蝉』(11)『そして父になる』(13)にも通じるものがあるが、この映画には、中国の児童誘拐の実態、一人っ子政策の矛盾、都市と農村の格差、出稼ぎなど、さまざまな問題が内包されている。前半は産みの親による子供の捜索のやるせなさ、後半は育ての親の立場の弱さや悲しさが浮き彫りになる。簡単に結論は出ない問題だが、後半やや話が脱線して失速するのが残念だ。

 父親役のホアン・ボーが好演を見せるが、エキセントリックな養母役のヴィッキー・チャオが美人過ぎて、問題の本質がぼやけるところがある。美人女優は諸刃の剣なり。

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『ブラック・スキャンダル』

2016-01-16 23:42:03 | BIG ISSUE ビッグイシュー

『THE BIG ISSUE JAPAN ビッグイシュー日本 279号』に、ジョニー・デップ主演の『ブラック・スキャンダル』のレビュー記事掲載中。



 舞台は1970~80年代のボストン。実話を基に、アイルランド移民街で育ったギャングのバルジャー(デップ)、その弟で上院議員になったビリー(ベネディクト・カンバーバッチ)、彼らの幼なじみのFBI捜査官コノリー(ジョエル・エドガートン)による、三つ巴の相関関係が描かれる。根底にはアイルランドとイタリアの移民同士の対立構造がある。またも特殊メークを施して役に成り切ったデップの姿が見もの。

 街で販売員の方を見掛けましたら、ぜひお買い上げください。



↓ビッグイシュー日本のホームページは 今回の表紙はもちろんジョニー・デップ。
http://www.bigissue.jp/

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【ほぼ週刊映画コラム】『パディントン』

2016-01-16 18:40:31 | ほぼ週刊映画コラム
TV fan Webに連載中の
『ほぼ週刊映画コラム』

今週は

見ながら幸せな気分になってくる
『パディントン』



詳細はこちら↓

http://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/column/week-movie-c/1032689
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『おもいでの夏』(71)

2016-01-16 10:24:14 | All About おすすめ映画

センチメンタルな男の泣きどころ



 1942年の夏、米ニュー・イングランドの島にバカンスにやってきた15歳の少年が、2人の親友を得、年上の女性に憧れる様子をリリカルに綴った一編。原題は「Summer of '42」です。

 主人公ハーミーをゲーリー・グライムズ、彼が憧れるドロシーをジェニファー・オニールが魅力的に演じています。

 年上の女性との初体験ものは数多く作られていますが、この映画のユニークな点は、42年当時17歳だったロバート・マリガン監督が、ハーミーを通して自身の少年時代を懐かしみながら、その奥に戦争の影を忍ばせている点です。

 ラジオは戦況を伝え、ラスト近くではドロシーのもとに夫の戦死を告げる手紙が届きます。一見、能天気に見えるハーミーたちも心の奥では戦争に対する不安を抱いています。

 この決して明るくはない青春像を、ミシェル・ルグラン作曲の甘美なメロディーと特殊なフィルターを使って撮影したブルース・サーティーズのカメラワークが救います。

 ラストシーン、ドロシーからの別れの手紙を読むハーミー。そして、ルグランの音楽に乗せて成長したハーミーが語る

 「42年の夏、僕たちは沿岸警備隊の詰所を4度も襲った。5本も映画を見た。9日も雨に降り込められた。ベンジーは時計を壊し、オシーはハモニカを捨てた。そして僕は15歳のハーミーを永遠に失ってしまった」というナレーションはマリガン監督が担当しています。

 このセンチメンタルなナレーションは、男の泣きどころといったところでしょうか。

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『ひとりぼっちの青春』(69)

2016-01-15 08:41:11 | All About おすすめ映画

廃馬は撃ち殺すものだろ?



 この映画のオープニングシーンは草原を走る馬をセピアカラーで映します。ところが脚を折った馬は撃ち殺されてしまいます。

 これはこの映画の主人公であるロバートの少年時代の回想なのですが、いきなり「They Shoot Horses, Don't They?=廃馬は撃つものだろ?」という、この映画の原題を象徴するシーンが示されることに驚かされます。

 そんなこの映画は、失業者が街にあふれる不況下の1930年代、ひたすら踊り続ければ高額の賞金がもらえるマラソン・ダンスに参加した人々を描く群像劇です。

 ジェーン・フォンダ、スザンナ・ヨーク、マイケル・サラザン、ボニー・ベデリア、ブルース・ダーンといった当時の若手俳優に、ベテランのレッド・バトンズとギグ・ヤングが絡みます。彼らの演技合戦が見どころの一つです。

 賞金を手にして一発逆転の人生を夢見る彼らですが、一人また一人と脱落していきます。監督のシドニー・ポラックは淡々と彼らの姿を描いています。そのため、私たちもダンス会場にいる観客の一人になったような、少々残酷な気分で彼らを見つめることになるのです。

 ロバート(サラザン)はグロリア(フォンダ)とペアを組んで最後まで残るのですが…。ラストシーンは衝撃的でファーストシーンの意味が分かるように構成されています。

 と言う訳で、この映画が描いた青春像はなんとも苦くやるせないものですが、当時のニューシネマと呼ばれた映画には不況下の30年代を舞台にしたものが多かったのです。

 それは、ベトナム戦争などで、社会に対して閉塞感を抱いていた若者たちの心情が30年代と重なるからだと言われましたし、映画人たちが物事を悲観的に見る傾向が強い時期でもあったからでしょう。そうした時代の雰囲気をこの映画から感じ取ってください。

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『チャイナ・シンドローム』

2016-01-14 09:00:02 | All About おすすめ映画

『チャイナ・シンドローム』(79)(1980.10.7.東急名画座)

原発事故後にこそ見るべき映画

 東日本大震災における福島原発の事故を見るにつけ、思い出されてならなかったのが、架空の原発事故の前後を描いたこの映画でした。

 原子炉事故に遭遇した原発の技師(シリアスなジャック・レモン)と、居合わせたテレビクルー(ジェーン・フォンダ、マイケル・ダグラスら)が、真実を伝えようと奮闘します。ところが、見えない大きな力によってもみ消されるさまを描くことで、権力の恐ろしさやマスコミの無力さを浮き彫りにします。

 この映画のタイトルは「もし、アメリカの原発がメルトダウン(炉心溶融)を起こしたら、地面を突き抜けて中国まで熔けてしまう」というジョークから取られていましたが、全米公開直後に米スリーマイル島の原発で本当に事故が起きたことで、笑い事や絵空事では済まなくなりました。

 ~シンドローム(症候群) という言葉が日本で一般的に使われるようになったのも、この映画がきっかけです。まさに先見の明があった映画です。日本でも未曾有の原発事故が起きてしまった今こそ、見るべき映画だと強く思います。

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映画の中のデビッド・ボウイ

2016-01-14 01:04:34 | 映画いろいろ

 デビッド・ボウイが亡くなった。小学生の頃、初めて彼の映像を見た時、この人は男なのかそれとも女なのか…と感じて不思議な思いにとらわれたことを思い出す。

 彼は俳優としても活躍したが、ニコラス・ローグ監督の『地球に落ちて来た男』(76)の孤独な宇宙人、大島渚監督の『戦場のメリークリスマス』(83)のホモセクシュアル的な雰囲気を持った軍人、トニー・スコット監督の『ハンガー』(83)ではカトリーヌ・ドヌーブ演じる女吸血鬼の力を借りて若さを保つ青年、ジム・ヘンソン監督の『ラビリンス/魔王の迷宮』(86)では魔王など、映画の中でも、性別を超えた、人間離れした役を演じた。とにかく不思議な雰囲気を醸し出す人だった。

 最近は、スタンリー・キューブリックの『2001年宇宙の旅』(68)に想を得て作られた「スペイス・オディティ」がベン・スティラーの『LIFE!』(13)に、「スターマン」がリドリー・スコットの『オデッセイ』(2月公開)に挿入歌として使われ、久しぶりに映画の中で再会することができた。

 人間離れしたデビッド・ボウイにはやはりSFがよく合うのだと思う。そう考えると、『ゼロ・グラビティ』(13)などは、まるで「スペイス・オディティ」の歌詞を映画にしたような感じがする。

 息子のダンカン・ジョーンズは映画監督になり、『月に囚われた男』(09)『ミッション:8ミニッツ 』(11)というSF映画の佳作をものにしている。SF映画での親子共演がかなわなかったのが残念だ。

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『激突!』(71)

2016-01-13 09:08:01 | All About おすすめ映画

スピルバーグの日本デビュー作



 巨匠スティーブン・スピルバーグの日本での劇場デビュー作です。原作者は不条理な恐怖を描くことを得意とするリチャード・マシスン。もともとはテレビムービーでしたが、あまりの出来の良さに日本では劇場公開されました。

 ハイウェイで大型タンクローリーを追い越したばかりに、執拗な嫌がらせを受ける乗用車の運転手の恐怖が描かれます。主要な登場人物は主人公一人だけ。何故ならタンクローリーの運転手の顔は最後まで見せないからです。そうすることで不気味さを助長する演出が秀逸です。

 最後にはタンクローリーと一騎打ち(原題はDUEL=対決)をする羽目になる気弱な男を、テレビドラマ『警部マクロード』のデニス・ウィーバーが演じる意外性も功を奏しました。

 この映画のタンクローリーは『ジョーズ』(75)の巨大ザメ『未知との遭遇』(77)のUFO、『ジュラシック・パーク』(93)の恐竜、そして『宇宙戦争』(05)のトライポッドにも通じる人智を越えたもので、スピルバーグ映画の原点とも言える存在です。

 スピルバーグには、人を驚かせたり、怖がらせたりすることが大好きな、いたずらっ子のようなところがあります。そこが彼の映画の魅力の一つになっています。この映画をスピルバーグの最高傑作とする人も少なくありませんが、果たして本当にそうなのでしょうか。あなたも自分の目で確かめてみてください。

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