『さらば愛しき女よ』(76)(1977.1.22.渋谷全線座.併映は『風とライオン』)
1940年代のムードを再現
レイモンド・チャンドラー原作のハードボイルドミステリーの映画化です。見どころは、謎の女と犯罪というパターン劇、粋なファッションなどで、1940年代のムードを見事に再現しているところ。監督はファッションカメラマン出身のディック・リチャーズです。
ロバート・ミッチャムが主人公の私立探偵フィリップ・マーローを雰囲気たっぷりに演じてキャリア後半の当たり役としました。同時代に、現代的なマーロー(エリオット・グールド)を登場させて物議を醸したロバート・アルトマンの『ロング・グッドバイ』(73)があっただけに、原作に忠実なこの映画の存在が一層際立ちました。
さらに、この映画の秀逸な点は、フィクョンの中に巧みに史実を盛り込んだことにあります。その史実とは、ニューヨーク・ヤンキースのジョー・ディマジオが41年に記録した56試合連続安打です。マーローは事件の謎を追いながら、連続試合安打を続けるディマジオのことを常に気に掛けていますが、事件の解決と同時にディマジオの記録もストップします。
この外伝の挿入は映画独自の試みでしたが、これを加えたことで、41年という時代をより明確に表現し、映画全体に哀感を漂わせることにも成功したのです。
筆者も、イチローがメジャーリーグのシーズン最多安打を更新したシーズンに、この映画のマーローと同じような気分を味わうことができました。芳醇なミステリーの魅力は、こうした隠し味にあるのかもしれません。無名時代のシルベスター・スタローンが端役で出ていますので、見つけてあげてください。