「KyodoWeekly」5月27日号から「5月の映画」共同通信のニュースサイトに転載
https://www.kyodo.co.jp/national-culture/2019-06-18_2066069/
https://blog.goo.ne.jp/tanar61/e/6479aefb9806925cdcd8a354a58538b3
『アビエイター』(04)(2006.3.5.)
『ギャング・オブ・ニューヨーク』(02)に続く、マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ主演作。伝説の大富豪、破天荒な映画プロデューサー、飛行機狂として知られ、変人と呼ばれたハワード・ヒューズの伝記映画『アビエイター』をWOWOWで見る。
今回の主役のヒューズは実在の人物であり、しかもエピソードも豊富だが、やはりスコセッシの語りは分裂症気味で、ストーリー展開に難がある。彼にこの題材は合わなかったと思うし、またもやディカプリオの演技過多を見せられると、このコンビは互いにあまりいい影響を与えていない気がする。
もっとも、この映画は主人公のヒューズはもちろん、彼とかかわりがあったキャサリン・ヘプバーン(ケイト・ブランシェット)も、エバ・ガードナー(ケイト・ベッキンセイル)も、エロール・フリン(ジュード・ロウ)も亡くなった今だからこそできたものだとは思う。
公聴会のシーン(上院議員役のアラン・アルダがうまい)はコッポラの『タッカー』(88)を、ラストシーンはオーソン・ウェルズの『市民ケ-ン』(41)の“ローズバット=薔薇のつぼみ”を想起させるあたりに、かろうじて映画狂スコセッシのこだわりが残っていた気がした。
『ギャング・オブ・ニューヨーク』(02)(2005.3.28.)
19世紀のニューヨーク。マンハッタンの一角ファイブ・ポインツを舞台に、アメリカ生まれの“ネイティブ・アメリカンズ”とアイルランド移民の“デッド・ラビッツ”というギャング同士の抗争と人間ドラマを描く。監督はニューヨーク出身のマーティン・スコセッシ。
題材の良さや、スコセッシ自身の故郷への思い入れの強さに比して、またも彼のストーリーテリングのまずさ(例えば『エイジ・オブ・イノセンス』(93)のような)が示され、脂っこいバイオレンス(例えば『グッドフェローズ』(90)のような)が描かれる。こうしたパターンはもはや変わらないのだろうか。
この、いつもの“違和感スコセッシ”と、彼と組むとどんどん悪い方に変わっていく感があるレオナルド・ディカプリオのコンビ映画は、必然的にグロテスクなものになる。この映画の場合は、ダニエル・デイ・ルイスの存在が救いではあるのだが…。だから、2人が再び組んだハワード・ヒューズ伝『アビエイター』(04)もあまり見たくない気がするのだ。
今日のNHK BSの映画はクロード・ルルーシュ監督、フランシス・レイ音楽の『男と女』(66)。
昨晩、偶然“映画の友”との飲み会の席で、先のカンヌ映画祭で『男と女』の現在を描いた『The Most Beautiful Years』が上映されたことを聞いた。会見にはアヌーク・エーメとジャン・ルイ・トランティニャンが姿を見せたという。
実は、ルルーシュ+レイが、1870年代のアリゾナを舞台に、『男と女』を、アメリカの西部男(ジェームズ・カーン)とフランス女(ジュヌビエーブ・ビジョルド)の恋に仕立て直した『続・男と女』(77)という珍品があるが、これは別物として考えるべきものだろう。
正統な続編は、前作から20年ぶりにエーメとトランティニャンの再共演でその後の彼らを描いた『男と女Ⅱ』(86)がある。今回は、その『Ⅱ』から30数年ぶり、オリジナルからは何と50数年ぶりの続々編となる。その話を聞いて、見たいような見たくないような、ちょっと複雑な思いがした。
で、続けて「ザ・シネマ」で、これもフランスが評価した異色西部劇『大砂塵』を放送していた。
エンタメOVOに連載中の
『ほぼ週刊映画コラム』
今週は
女性の主張や生き方の変化を象徴する実写映画化
『アラジン』
詳細はこちら↓
https://tvfan.kyodo.co.jp/feature-interview/column/week-movie-c/1191723