みちしるべの伝説

音楽と希望は刑務所でも奪えない。

名古屋の材木の繋がったこと

2017年06月18日 | 雑記
昨晩のブラタモリは、名古屋が舞台で、名古屋の街のいかにして作られて、発展したのか?が
紹介されていて、なかなかに興味深かった。
特に、木曽の「材木」が名古屋の発展を支えたと言う点。
普段、思っていたことや知識の断片が、「材木」のキーワードで、繋がった。

・山歩きをして、名古屋近辺の山は、植林が多くて、野趣に欠けるなあ・・・、と思っていること。
・日本のバイオリン生産の発祥の地は、名古屋であること。
(バイオリンを作っていた知人曰く、今でもバイオリンに使える質のいい材木は、名古屋に集まる!)
・伊勢湾台風の被害が甚大になった理由(愛知県民は小学校の社会科で習う)

すべては、家康が名古屋の街を作った時、街を繁栄させるため、材木の取引に力を入れたことが、事の発端だったのだ・・・!
(この辺りの、材木にまつわる云々は、番組では触れられていなかたったけれど…。)

今と違って、プラスチックも鉄もコンクリートもない時代、木材だけが、ほとんど唯一の加工可能な原材料だったのだから、御三家の中でも、尾張徳川家、名古屋が別格に繁栄したのも分かる。

今まで、名古屋駅から伏見に、数えきれないぐらい、錦通や広小路を歩いたけれど、上り坂がやってきた後に、堀川を渡る不自然さに、気付くことがなかった・・・。
普段、気を留めていない、何気ないことの奥に、思惑や意図が隠されているのだな・・・。
コメント (4)
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