午前9時半頃から正午に掛けて各地で部分日食が観測できる予定だったが、予報通りの雨模様で観測出来たのはかぎられた地域だった。大掛かりな観察会の準備された皆さんには気の毒な結果になった。日食といえば理科の時間を思い出す。月が太陽の前を横切るために、月によって太陽の一部が隠されること。次回は2019年の1月6日。
部分日食のTV映像を見ながらその時の太陽の色合いが違うことに気づいた。何かの違いがあるのだろうがオレンジ系、黄系、白系など。対象は同じなのに撮り方によってこれほど変わるとは不思議な現実だ。報道だから、素人がデジカメで撮った写真をパソコンで様変わりさせて楽しむのとは違う。
ふと総務大臣の「放送局が政治的な公平を欠く放送を繰り返したと判断したら電波停止を命じる」とう発言がよぎった。公平とは「かたよらず、えこひいきのない(広辞苑)」ことと載っている。これを放送に当てはめると「私的な感情を交えるな」ということだろう。事実に対する分析や詳細な資料を添付などせずに、提供した内容だけを放送しなさいに聞こえる。
「保育園落ちた 日本死ね」の匿名のブログに対する国会での議論、議論のしようがない、としていた政府答弁が、ネット上でブログへの支援の声が広がり答弁が修正された。この間、各メディアも大きく取り上げたことがその背景にある。そこには「私的感情」を折り込んだ報道だと思う。色付けとその使い方によっては世の中が変わる、良い結果も怖い結果も生じることになる。