日々のことを徒然に

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思い出のノート

2022年03月15日 | エッセイサロン
2022年03月15日 中国新聞セレクト「ひといき」掲載

 本棚に茶色で硬い表紙のルーズリーフノートがある。私は30代初めだった50年近く前、勤め先の社内教育で化学工学の講義を受けた。これはその記録で、150㌻ほどの分量がある。
 ノートには、原子記号や化学反応式、重合や蒸留、触媒といった化学プラントを運転するのに必要な知識、項目を記している。一つ一つが懐かしい。だが残念ながら年数がたちすぎて、読み直しても、鮮明には記憶がよみがえらない。
 愛用した万年筆のブルーブラックインクの色、下線の色鉛筆の色は少し薄れている。受講するたび、復習を兼ねてノートに整理した。自分でも驚くほど、丁寧な文字である。
 受講するのは3交代勤務の希望者だった。社内講師は大学卒の研究員や技術スタッフ、社外講師は広島大工学部の先生方。高卒の私には夢のような陣容だった。会社も講座に期待して、受講は超過勤務扱い。学んだ上に手当があるのも魅力だったが、何より内容が充実していて、私は全講座を受講した。
 化学プラントの運転は、化学反応の基礎や原理を知るか否かで仕事の面白さが変わる。講座は役に立ち、受講日が楽しみだった。数年後には異動で運転を離れたが、熱心に学び、仕事に生かした思い出の証しとして、ノートを大切に残してきた。
 担当したプラントは、もうない。たまにノートをめくると、かつての同僚の声や機器の音など記していない懐かしい光景が目に浮かぶ。いい職場だった。

 (今日の575) 断捨離の師は怒鳴れども本棚へ
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