柏木の卒業コンサートは必ず観戦しようと決めていた。
チケット確保後、予習も怠らず、そしてついにその日が来た。
心配していた電子チケットは3日前に案内が来て、無事ダウンロードできた。入場時にスマホの画面を見せるので、電池がなくならないか、アプリが立ち上がるかにも気を遣ったが、紙のチケットをなくさないかという心配と同じことだろう。当日は電子チケットのトラブル対応窓口も設けられており、慣れればこの方が便利だと思った。何より運営側にとっては合理的なのだろうと感じた。これもDXか。
着席観覧席は3階だがステージ正面で前から2列目、非常に見やすい席だった。周囲の客層は老若男女とても幅広かった。若い女性2人連れ、若い女性単独、若い男女カップル、若い男性2人連れ、私と同じ中高年男性単独、そして中高年男性の2・3人連れがはやり目に付いた。それから外国語で会話しているグループも。
それぞれの人がそれぞれの思いを抱いて来場しているのだろう。それはどのコンサートでも同じことだが、柏木由紀の卒業コンサートという特別なコンサートだから来たという人も多いと思われ、客層の幅広さにも反映していたのだろう。私もその一人。「AKB48チームBのファンより」ライターの一人として、初代チームB最後のメンバーの卒業を見届けるという気持ちで臨んだ。
出身地鹿児島ロケでのインタビュー映像の後、劇場公演のOvertureに続いて開幕だ。
1.『火山灰』(柏木ソロ、フルコーラス)
舞台中央の扉が開いて、純白のドレスを身に纏った柏木が現れた。伴奏は電子ピアノと弦楽四重奏の生演奏。冒頭にアコースティックなサウンドでのソロ歌唱は
渡辺麻友の卒業コンサートと同じだと気付いた。故郷への思いを歌った『火山灰』は、インタビュー映像からの流れもいい選曲だ。
CDで聴くと、しっとりとした柏木のベルベットボイスを堪能できる、私も好きな曲だが、この日の歌唱は少し味わいが違った。声を張るというか、少し上ずったような歌い方だ。卒業コンサートへの気負いからなのか、広い会場の音響のせいなのか、慣れない生演奏の伴奏の難しさゆえなのか分からないが、とにかくいつもの柏木らしい優しい歌声ではなかった。しかしそれもまたライブの醍醐味だ。
2.『ポニーテールとシュシュ』(全メンバー)
3.『言い訳Maybe』(全メンバー)
4.『大声ダイアモンド』(全メンバー)
AKB48メンバー全員が登場し、ヒットメドレーを1コーラス半でテンポよく続けて行く。メンバーは白い衣装でミニスカート。柏木もドレスの長いスカートを脱いでミニスカート姿になった。同じ白い衣装だが、衣装の生地が柏木のだけ光沢が強いように見える。それより何より柏木の履いているブーツがギラギラ輝いている。主役の柏木が見つけやすいようにという行き届いた演出だ。しかし常にセンターで踊っていて、背も一段高く、純白の大きなリボンを付けている柏木は、遠目でも目立っていた。踊りも大きく、衰えのようなものは全く見られなかった。
MCをはさんでユニット曲コーナーに入る。柏木の思い入れのある曲ばかりであろう。
5.『スカートひらり』
6.『涙の湘南』
7.『ジッパー』
8.『口移しのチョコレート』
9.『てもでもの涙』
『てもでもの涙』の相方は宮澤佐江だった。ちょっと期待していた佐伯美香ではなかった。宮澤は背が高く、歌声にも張りがあって、振り付けもきびきびしており、現役芸能人らしかった。柏木とよく合っていた。宮澤は2期生、柏木は3期生だが、もはやそんなことは些細なことなのだろう。初期AKB48を支えたメンバー達には、期やチームを超えた深い絆があるのだろうと想像した。
10.『思い出のほとんど』
イントロが流れ、卒業には欠かせない名曲だと分かり、この曲は誰と歌うのか注目した。舞台左側で歌い出したのは村山彩希。あれ?と思っていると、次のフレーズは舞台右側で向井地美音。そしてBメロ、舞台中央で柏木が歌い出す。そう、意表を突いた3人編成だったのだ。本来デュエット曲のこの曲をこの3人で歌ったのには、次のリーダーを委ねる村山、向井地へバトンを渡す意味合いなのだろう。あるいは、「思い出のほとんどは一緒に作ったね」という文字通りの意味かもしれない。考えてみれば、多くの初期メンバーが卒業してから、村山、向井地ら後輩メンバーと過ごした時間の方が長いのだ。
初期メンバーとか何期生だとかに拘りを感じるのは、私のようなファンだけで、柏木自身はもっとフラットな感覚なのかもしれない。だからこそ現役メンバーたちに慕われ、自身も「今のAKB48が一番好き」と公言し、それがすんなりと受け入れられるのだ。
11.『Teacher Teacher』
12.『ロマンス拳銃』
13.『呼び捨てファンタジー』
14.『イビサガール』
『イビサガール』では、NMB48兼任メンバーだった時の映像が画面に流れた。そう言えばそういう「大組閣」や「兼任」を連発して活性化させようとした時期もあった。
『理不尽ボール』というようなマッチポンプ曲もあった。
15.『MAXとき315号』
『MAXとき315号』では、NGT48兼任メンバーだった時の映像が流れた。北原里英と2人でNGT48の立ち上げに相当努力したのだと思う。NGT48のグループ自体は、その後ドタバタで残念な状況になったが、シングル曲ではない初オリジナル曲であるこの曲はメンバー全員がキラキラ輝いていた。そして今回この曲がセレクトされたのは嬉しかった。
ここで、スクリーンでビデオメッセージが披露された。メッセージを寄せたのは、前田敦子、山本彩、北原里英、石川梨華の4人。山本と北原はそれぞれNMB48、NGT48兼任時の思い出を語っていて、直前のセットリストからの流れもよかった。モーニング娘。の石川梨華は、中学生の柏木が憧れていたアイドルということで、親交もあるらしい。このビデオメッセージが出た人は、出演はないのだろうなと余計な予測をしてしまった。
16.『If』(フレンチキス(柏木、倉持明日香、高城亜樹))
フレンチキスは約10年ぶりの再結成。当時の旅番組の思い出などのトークは穏やかな感じ。3人とも良い年齢を取ったのではないか。当時のグッズであるタオルを持参して来て掲げていたファンのおじさんがいて、3人ともそれを見つけて懐かしいとコメントしていた。トークの後、もう1曲披露した。
17.『カッコ悪いI LOVE YOU』(フレンチキス)
18.『RIVER』(高橋みなみ登場、柏木ら現役メンバー全員と一緒に)
冒頭の「AKB~」のコールで場内大興奮。高橋は往年と変わらず暑苦しい(褒めている)パフォーマンス。
19.『少女たちよ』(横山由依登場、柏木ら現役メンバー全員と一緒に)
横山のはんなりした雰囲気は今も変わらない。
20.『遠距離ポスター』(現役メンバー全員)
21.『Choose me』(峯岸みなみ・指原莉乃登場、柏木ら現役メンバー全員と一緒に)
『遠距離ポスター』から『Choose me』への流れには興奮した。
この2曲は『桜の栞』のカップリング曲で、集英社の雑誌「ヤングジャンプ」「週刊プレーボーイ」とのタイアップで人気投票が行われた。『遠距離ポスター』のセンターは柏木だったから歌うのも当然だが、続いて『Choose me』とはサプライズ。『Choose me』のセンターは北原里英で、その曲に参加していた峯岸と指原が登場。そこで北原の代わりに柏木がセンターという趣向は、なかなか粋な演出だった。
柏木の衣装替えの間、高橋、横山、峯岸、指原によるこなれたMCをしみじみと味わった。峯岸の「坊主」が既に笑って話せる話題になっていることに時の流れを感じた。
22.『ジワるDAYS』
23.『フライングゲット』
24.『君と虹と太陽と』
25.『10年桜』
26.『グリーンフラッシュ』(小嶋陽菜登場、柏木ら現役メンバー全員と一緒に)
ライブでめったに歌わないという『グリーンフラッシュ』で、ダブルセンターだった小嶋が登場。彼女もあまり印象が変わっていなかった。
27.
『カラコンウインク』
本編最後は、卒業シングルにして、柏木の初単独センター曲。『Everyday、カチューシャ』に似ていることは過去記事に書いた通り。AKB48グループが昇り龍のように人気上昇していた時期の雰囲気を再現したような楽曲だ。柏木がまだ10代で、多くの先輩や同期と切磋琢磨していた時代だ。柏木は「今のAKB48が一番好き」と言うが、それはその時々の「現在」が常に一番輝いているということだろう。過去が現在と比べて輝いていなかったということではない。
たっぷり時間を空けたアンコールでは、まずスクリーンで柏木の17年間を振り返る映像が流れた。そして現れた柏木が長い挨拶をして、歌い始める。
28.『最後の最後まで』
『カラコンウインク』のカップリング曲であるこの曲を、私は敢えて「予習」せず、当日初めて聴くことにした。柏木ソロの卒業ソングということは分かっていて、秋元康がどんな歌詞を書いて、柏木がどのように歌うのか、卒業コンサートのその場で真剣に聞き届けようと考えたのだ。
曲調はいかにも卒業ソングらしいバラード、そして歌詞は柏木のための渾身の当て書きと言えるものだった。久しぶりに本気を出したのかもしれない。「最後の最後までここにいた」「そのわけをわかってくれるでしょう」「なんの後悔もない」「人には言えない失敗もした」そのような歌詞は、柏木の心情をほぼ正確に推し量り、定着させたものだと思う。その証拠に柏木も途中何度か声を詰まらせて歌えない場面もあった。卒業ソングとして最高の出来ではなかろうか。
卒業ソングを歌い終え、一転して柏木が叫ぶ。「チームB集合!」。
29.『初日』(初代チームBメンバー8人)
集合した初代チームBメンバーは、柏木のほか、片山陽加、平嶋夏海、仲川遥香、仲谷明香、田名部生来、菊地あやか、そしてキャプテン浦野一美だ。
私は、今日このシーンを見に来たと言っても過言ではない。しかし、そこに多田愛佳と渡辺麻友の姿はなかった。多田の近況は分からないが、渡辺は芸能界を離れてから一切動静が伝わらないことから強い意志を感じる。だから今日の不参加も薄々予感はしていた。それぞれの決断、それぞれの人生を尊重したい。
駆け付けた7人も、それぞれの人生を精一杯生きているはずだ。それこそ「今の自分が一番好き」であってほしい。それでもほんのひととき、懐かしいメンバーと再会し、一緒に歌い踊ることに喜びを感じてくれているのだと思えば、観ている私も嬉しくなる。
30.『約束よ』(初代チームBメンバーと現役メンバー全員一緒に)
31.『桜の花びらたち』(高橋、指原ら出演した卒業生全員も加わり、現役メンバー全員一緒に)
『桜の花びらたち』は、世代を超えて受け継がれていくグループの文化、精神とも言える名曲だ。最後まで懐かしい曲でまとめたセットリストだった。最近の楽曲はほとんどなかった。それは、久しぶりにAKB48のコンサートに来たという私のようなファンも多いことへの配慮だろう。
そして、予想と少し違ったのは、柏木のソロ曲が冒頭の『火山灰』の1曲だけだったことだ。『シュートケーキ』や『夜風の仕業』くらいは歌うと思っていた。しかし、これは柏木由紀の卒業コンサートではあるが、同時にAKB48のコンサートなのだ。だから柏木の卒業と関係なくAKB48のコンサートに来たという現役のファンにも目配りしたのだと思う。何より、最後の最後までAKB48の一員であることに喜びを見出している柏木らしい考えだと思う。
32.『遠距離ポスター』(現役メンバー全員)
卒業生は退出し、現役AKB48メンバーだけのアンコールの最後の最後に、本編でも1回歌っているこの曲を選んだこともサプライズだった。考えてみれば、この曲は「アイドルとファンの理想的な関係」を描いている。その間には明確な一線があって、あくまで「プラトニック」、それでもお互いに勇気づけられる関係だ。原点に返って、AKB48もこんな存在であり続けてほしい、そんな柏木の願いを感じたような気がした。
歌い終えた後、ファンにたっぷり時間を取って手を振り、その後メンバー1人1人から花一輪を受け取り、扉の向こうに消えた。
3時間ちょうど。時間を感じさせない中身の濃いコンサートだったと思う。
「最後の初期メンバーの卒業で1つの時代が終わる」とか「初代チームBの最後を見届ける」とか不純な思いを抱いて参加した私は反省した。それは私自身の勝手な思い入れであって、柏木はもっと自由だった。一言で言えば「普通の卒業コンサート」だった。思いのこもった、丁寧に創られた、素晴らしい卒業コンサートだった。