11月20日日経新聞夕刊のコラムで、ミステリー作家の道尾秀介のコラムが面白かったので引用・紹介します。書かれていることはアイドルのことではありませんが、そのエピソードが、アイドルの本質に迫っていると感じました。
Quote(引用開始)
数年前、新宿のライブハウスで、いくつかのバンド演奏のあとで、
なかなか可愛らしい顔立ちをした20歳そこそこの女の子がステージに上がった。
マイクを握った彼女は丁寧に自己紹介をした。
歌が大好きで、いつかはプロの歌手になりたいのだが、いまは一緒にステージで演奏してくれるメンバーが見つからず、一人でやっている。
「だから、CDに録音したバック演奏に合わせって歌っています。」
打ち込みのドラムとシンセ、ギターだけは友人に頼んで弾いてもらったのだという。
特に期待もせず、僕は歌が始まるのを待った。
声は抜群によかった。
が、メロディも歌詞も極めて「普通」で、僕は適当に「あーなるほどね」という感じで彼女の歌を聴いていた。一曲、二曲、三曲。
「次が最後の曲です。」
ハプニングが起きたのは、彼女がそれを歌い始めた直後のことだ。
スピーカーから流れるバック演奏が、ブツ、ブツ、と途切れはじめた。
ライブハウスのスタッフが調べても原因がわからず、しまいにはプッツリと消えてしまった。客席はしんと静まり返った。
「・・・すいません」
かすかに震えた声で言い、彼女は深々と頭を下げた。
哀しげな深呼吸を、ご丁寧にマイクが拾った。
しかし数秒後、彼女は明るい声を取り戻してこう言った。
「せっかくいただいた時間なので、バックなしで一曲歌わせてください。ほんとにすみませんでした。」
彼女がアカペラで歌い始めたのは名曲「Amazing Grace」だった。
目をつぶって一心に歌う彼女の声は、伸びやかに、心地よく客席に響いた。
僕たちはいつしかステージを陶然と見つめてその声に聴き入り、彼女が最後のフレーズを歌い終えたとき、誰ともなく一斉に拍手をしていた。
彼女は驚いたような顔をして、それから恥ずかしそうにニッコリ笑い、もう一度頭を深く下げてから、ステージの袖に消えた。
Unquote引用終わり
ライブで歌われた曲「Amazing Grace」の映像
youtubeで本田美奈子
ライブハウスで歌う20歳の女性をアイドルとは言えないのだが、筆者の描写からは、アイドルらしい感じが漂っています。例えば、次の表現。
メロディも歌詞も極めて「普通」で、
僕は適当に「あーなるほどね」という感じで彼女の歌を聴いていた。 (たいしたことはないという意味)
哀しげな深呼吸を、ご丁寧にマイクが拾った。
彼女は驚いたような顔をして、それから恥ずかしそうにニッコリ笑い
さて、ミステリー作家のコラムらしく、彼女の歌唱についての後日談が続きます。
Quoteコラムの後半を引用します。
バンドをやっている友人にその話をしたら、彼もまったく同じものを見たことがあるという。
詳しく聞いてみると、場所は別のライブハウスだが、どうも同じ「彼女」のようだ。
よくよく話を突き合わせた結果、彼女がバックで流したのは、どうやら初めから「そういうCD」だったらしいのだ。
つまり僕たちは、まんまと彼女の作戦にひっかかり、感激の拍手をおくっていたのだった。
自分より一回り年下だけど、僕は彼女をエンターテイナーとしていまでも尊敬している。
たとえ策略であっても、彼女のそれには心がこもっていた。
「本当」よりずっと素敵な「嘘」だった。
Unquote引用終わり
アイドルは、「本当」の実像ではなく、「嘘」の虚像をお客さん(ファン)に提供して楽しんでもらう職業である とは、言い尽くされて、使い古されたテーゼですが、
アイドル以外の話題で、同じ論理が展開されているのを読むことができたのが、新鮮でした。
もし、私が同じ場面に遭遇して、後に真実を知ったら、このコラムと同じ感想をもったでしょう。
しかし、世の中には、逆に、憤慨する方もいるでしょう。そういう方はアイドルを好きになる可能性が少ないと思う。
上手にだまして欲しい と思うのがアイドルファンの本質なのではないでしょうか。
平嶋夏海推しの私は、平嶋夏海がファンをだましているとは思いませんが、全力でアイドルとして頑張っている彼女は、本当の彼女の姿と同一(実像)ではないでしょう。
アイドルとして私たちの目の前に現れる平嶋夏海は、本当の彼女も素敵な女性であるはずだと思わせます。
そして、平嶋夏海が、本当に素敵な女性である可能性は、99%以上と高いのですが、ひょっとして1%以下の確率で、私たちはだまされているのかもしれません。
それでも、よいのです。
アイドルとしての、平嶋夏海は、最高に素晴らしいのですから。
ナッキー